日本の農業を、
しっかりと持続可能なものにしたい
ーーそれが、われわれの目指すところです。
その一手として、
「ICT」の先進技術を活用して、
農業の抱えるさまざまな課題に応えていく。
ひいては、
農業を『憧れの産業』に変えていき、
より多くの人々が農業に従事したくなる、
そんな世界をつくりだす一助となりたいのです。
そして、農業が活気づくことによって、
それぞれの地域が活性化し、
地域循環型社会が形成されていく。
一次産業に従事する方々に伴走しながら、
農業を基点に、
それぞれの地域の街づくりにまで
携わっていきたいという
『農業エコシティの形成』こそ、
われわれの事業の原点にある
ヴィジョンです。

 

 

NTTグループ唯一の「食・一次産業の専業会社」、NTTアグリテクノロジー。「食と農の分野において、新たな可能性と価値を見出し、持続可能で豊かな社会」を、地域に生きる人びととともに「共創」することを目指し、「食の安定供給」「一次産業の成長と伝承、魅力向上」に役割を果たすべく、国内外でさまざまなパートナーと手を組み、多角的・包括的なプロジェクトを展開している。「日本の農業のため、そして世界をめざして」邁進する、その歩みと今後の構想を聞く。

 

取材・構成=川出絵里、シニア・エディター、『RPA MEDIA』
INTERVIEW & EDIT BY ERI KAWADE, SENIOR EDITOR, RPA MEDIA

 


 

NTTアグリテクノロジーのホームページより。

https://www.ntt-agritechnology.com/

 

NTTアグリテクノロジー

マーケティング統括本部
中期経営戦略推進部 統括責任者
阿部正和

 

All the images

(EXCLUDING THE WEBSITE SCREENSHOTS):

Courtesy of NTT AgriTechnology Corporation

 

 

 

深刻化する
日本の「食」と「農」の現実

 

 

——NTTグループ唯一の「食・一次産業の専業会社」である御社の創業は2019年。比較的最近のことですが、創業に至った理由と経緯について、まずはお聞かせいただけますか?

 

阿部 「私ども、NTT東日本グループは、社会インフラの一部となりつつある通信業界において、さまざまな方々に通信サービスをご提供し、生活やお仕事を便利に営んでいただくための事業を展開させていただいております。けれども、当然、通信サービスだけをご提供しても、そこで完結するものではなく、そこに乗せるサービスやその使い方が、昨今ではますます重要になってきているだろうと、私どもは考えています。たとえば、電話をする、インターネットに接続する、メールを送る、テレビを見るなど、そうしたサービスはNTT東日本でご提供していますけれども、それに加えて各産業ごとのお困りごとについて応えていくべきではないかというように、われわれとしては考えておりまして、さまざまな取り組みをしております。

弊社、NTTアグリテクノロジーは、そうした私どものグループの中でも初めて、『食』と『農』にフォーカスを置いた事業を展開しています。『通信業界の会社が「食」や「農」の事業を手がける』と聞かれると、やはり、最初は、『なぜ?』と、驚かれますよね? なぜ『食』と『農』の事業を展開するのか? ひと言でその理由を申し上げると、私どもが長らく電話やインターネットなどのネットワークサービスをご愛顧いただいている地域において、それぞれの地域にお住まいの方々がどういった事業をなさっているかという点に着目すると、大多数の地域で一次産業に多くの方が関わっているのです。もちろん例外はあります。たとえば東京や札幌のように、観光が非常に盛んな都市もありますし、製造業が盛んなエリアもありますが、俯瞰的に見ると、大多数の自治体では、何かしらの一次産業、つまり農業や水産業が盛んな地域が非常に多い。
そうした方々に、私どもは、これまで長年、通信サービスをご提供してきたこともあり、みなさまの抱えていらっしゃる課題に対して、何かしらのソリューションをご提供できるのではないか、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の力を使って、何かお手伝いができるのではないかと考え、この領域に着目してきたのです。」

 

――なるほど、そうした長年のお客様との関係性の歴史や背景があってのことなのですね。

 

阿部 「そうですね。

農業界とひと言に言っても、いろいろな角度から見ることが可能だと思うのですが、私どもがどこにフォーカスをしているのかをお伝えするために、今日はこんな資料をつくってみましたので、ごらんください。

最初にお見せしたかったのが、われわれが着目しているこれらの数値です。左側が日本の食料自給率で、そして右側が日本のエネルギー自給率です。左が38パーセント、右が12パーセントという状況に、われわれはあるわけです。」

NTTアグリテクノロジー作成の資料より。

 

――とても低い数値で不安になりますね。

 

阿部 「かなり危機的な状況にあると、私どももとらえています。いずれも先進国のなかで最下層に位置する非常に低い数値です。数値の算出方法にはさまざまなアプローチがありますが、弊社ではいずれにしろ非常に厳しい状況を迎えていると考えています。近年では、パンデミックの発生、国際紛争などの要因によって、世界情勢がますます混沌としてきているわけですが、そういうなかでも、食料とエネルギーの大多数を海外からの輸入に頼っているわけです。これらは直近のデータですが、長期的なスパンで見ると、状況は年々悪化してきていることがわかります。近年では、気候変動に伴う世界的なリスクも進み、さらには、コロナ・ウィルスの感染拡大によるロックダウンのような事態も起き、為替レートでも円安が進行していますし、海外に依存しつづけることに、大きなリスクがあると私どもはとらえています。」

 

――事態がいっそう深刻化しているのですね。

 

阿部 「そういうことですね。

一方で、国内における一次産業を取り巻く環境にも大きな課題があって、就農人口が高齢化を迎えています。日本ではご年配の農家がたくさんいらっしゃるというイメージが強いと思うのですが、政府の調査した白書に登場する数字でご紹介すると、なんと、現在、平均年齢が68歳なのです。」

 

――え! そんなにも高齢なのですか。驚きました。思った以上に深刻ですね。

 

阿部 「そうなのです。なので、40代、50代、場合によっては60代さえ、農業界では、まだ若手になってしまうのですよね。そういうレベルまで事態はすでに進んでいて、平均年齢を超える方々が、みなさんの日々の食事を支えており、非常に厳しい状況を迎えているわけです。

当然ながら、若い頃と比べて、身体が思うように動かなくなってきたりもするでしょうし、農作業にはどうしても体の負担があるので、日々の農作業の中で大変な思いをされていると思います。また、平均年齢に加えて、就農人口自体も減ってきています。2000年時点では389万人だったのが、実に68パーセントも減少し、2022年時点で123万人まで落ち込んでいます。このままですと、厳しい状況がいっそう進んでいくことになります。その結果、『もう農業を辞めます』と離農する農家が増えることにより、『耕作放棄地』と呼ばれる、農業生産が行われなくなった土地が増えているという問題もあります。

私ども、NTT東日本グループは、地域の通信を通じて、地域のみなさまと歩んできた会社ですので、日本の食と農を支えようと活躍されている方々に、通信サービスで培った知見をもとに、新しい価値をご提供していきたいと考え、事業を始めたわけです。」

 

――なるほど。そうした長い歴史と深い動機から創業に至ったわけですね。創業なさったのは、いつでしたっけ……

 

阿部 「2019年の7月ですね。会社を設立する数年前から、NTT東日本グループとしても、通信サービスをご提供するだけでなく、みなさまのご利用なさる個々のシーンに応じた課題解決をお手伝いする取り組みが始まりました。製造業から農業まで、さまざまな分野にアプローチして調査を行ったのですが、『この分野に関しては、NTTグループの知見を踏まえ、課題解決に寄与できるのではないか』と、われわれが考えた分野では、その領域に注力する会社を立ち上げています。私どものNTTアグリテクノロジーもそのひとつで、農業法人として一次産業の分野で企業を立ち上げました。

日本の農業界の状況は、すでにかなり深刻化しているというお話をいたしましたが、諸外国を見てみると、ひと時日本と同じく厳しい状況を迎えたものの、さまざまな取り組みを通じて農業大国に転じた国もあります。たとえば、オランダは誰もが知る農業先進国であり、農産品の輸出額が世界第2位なのですが、実は国土の2割が海抜水面下で農業に適さない土地であり、さらに、農地面積も日本の4割程度しかないため、農業には適していない悪条件を抱えています。厳しい環境ではありましたが、技術革新に次ぐ技術革新を重ねて、世界でも最大手の農業輸出国のひとつになったのです。あるいは、イスラエル。もともとは水資源に乏しく、決して農業に適した土地ではありませんが、灌水技術を高めていった結果、その技術領域では世界一となり、高い食料自給率に加えて潅水技術を国外に展開するに至っています。イギリスの場合、日本と同じ島国で、第二次世界大戦のあいだ、海外からの食糧の輸入が滞り、かつては食糧自給率も40パーセントくらいと非常に低い状況を迎えていました。その体験を経て、戦後、国が率先して農業振興と食糧自給率向上に取り組んできた結果、現在では、自給率は70パーセント程度を維持しています。

各国の例を踏まえ、技術革新や農業振興を支えるしっかりとした組織や方策、行政の後押しなどがあれば、決して、日本の今の状況も改善できないわけではないと、われわれは考えています。NTTグループが長らく培ってきた『ICT」の力を使って、一次産業の分野で寄与していきたいと考え、『アグリ』と『テクノロジー』というふたつの言葉をもとに、会社を設立しました。

私どものNTTアグリテクノロジーは、NTTグループの900以上ある子会社のうちのひとつですが、グループ全体で言うと、社員を30万人以上も抱えています。社員の家族も含めたら、おそらく100万人規模になります。加えて、通信会社なので、みなさまの通信を維持するため、日本全国の電力消費量全体の1パーセントくらいを使用しています。多くの社員を抱え、日本の資源を多く使わせていただいているグループとして、きちんと社会的な責任を負って、役割を果たしていきたいと、強く思うわけです。

NTT東日本としては、中核となる通信サービスを、NTT東日本がご提供し、それに付随するデジタル・トランスフォーメーション推進や保守・整備の領域について、これまで役割を果たしてまいりましたが、それらに加えて、地域で新たな価値を創造するお手伝いをしていきたいという観点から、近年では、農業や再生エネルギーといった、多様な分野を専門とする子会社も展開している次第です。そのようにして、私どものグループでは、『地域の新たな価値創造を実現するソーシャル・イノベーション・パートナー』たることを目指しています。」

 

 

「次世代型ICT温室ソリューション」の確立に向けて

……自社運営の「実証ファーム」も展開

 

――なるほど。よくわかりました。いろいろな意味で、スケールが桁違いですね! ヴィジョンも社会的なインパクトも壮大です。

御社のウェブサイトを拝見すると、現在、御社の事業は非常に多岐にわたっていらして、「食」と「農」をめぐり、包括的に多様なプロジェクトやサービスを展開されています。代表ご挨拶から、事業実績の要約を引用させていただきますと、「自社ファームや陸上養殖場での生産販売に加え、一次産業を起点としたスマートシティ構築支援、大規模温室(次世代施設園芸)の設計施工、育種(新たな品種開発)、労務・生産管理システム提供、収量予測、コンサルティング、圃場センシング、IoT/AIを活用した生産性向上や省力化、通信システム構築支援、鳥獣対策、遠隔営農支援、ロボティクス活用支援、関連商材物販、講師受託など」を手がけてこられました。

順番にお伺いしていきたいのですが、まずは、「自社ファームや陸上養殖場での生産販売」。「次世代施設園芸ソリューション」の確立に向けて、御社自らも、IoT/AIを活用して農産物の生産などを行う「実証ファーム」を運営し、「ソリューションの品質向上とノウハウ蓄積」に務めていらっしゃいます。こちらについては、現在、具体的に、どこで、どのような商品、野菜や果物、海産物などの作物を、それぞれにどのくらい生産し、販売なさっていらっしゃるのでしょうか?

 

阿部 「今、引用いただいたとおり、私どもは、大きく分けて、3つの事業を展開しています。そのひとつめが、ご質問にある、自社ファームで作物を実際に生産して販売するという、いわゆる農業生産法人としての事業です。

これは、自ら率先して農作物の生産に参加し、食料自給率の改善に寄与するとともに、自らが実践して効果が出た技術を展開していきたいという目的を持って進めています。農業界の外部から課題を解決するソリューションを提供するだけでは、なかなか、効果的な改善につながっていかないと感じています。ですので、『われわれ自身も、一農業生産法人として農業界にコミットし、そこで培ったものをご提案できる姿を目指す』と決めたわけです。」

 

――実際に自社でも農業を営まれると、お客様の抱える課題に応えようとするさいにも、リアリティがまったく違ってきますよね。

 

阿部 「そうですね。当然ながら、外部の有識者として参画するやり方もあれば、実際に、一農業生産法人として自ら実践し、現場で磨き上げ効果を確認したものをご提供するやり方もあり、われわれとしては後者を選んだというかたちです。

具体的な生産量の数字は申し上げられないのですが、2021年から生産を始めて、もうかれこれ2024年まで続けてきて、しっかりと経営が成り立つまでに至っています。生産した野菜は、みなさんの身近なスーパーに卸して、販売していただいています。こういった活動を通じて、ここ数年で、農業界の方々からも私どもの事業を広く認めていただけるようになり、農業界を担う方々と、いろいろなプロジェクトにも参画させていただいているところです。

具体的につくっている作物としては、レタスやトマト、夏イチゴ、椎茸など、多岐にわたっています。」

 

同社が栽培する多彩な作物から、リーフレタス、タマネギ、夏イチゴのイメージ。

 

 

――なるほど。それがひとつめの柱なのですね。ふたつめの大きな領域についても、お聞かせいただけますか?

 

阿部 「ふたつめは、ICT温室ソリューション事業です。『温室栽培における生産性や効率性を高めた農業』を目指すお客様のために、施設そのものを含め、トータルで設計・施工させていただく場合も多いです。

当然ながら、農業に従事なさっている方々には、大規模な農業生産法人から小規模の農業生産法人まで、いろいろな事業スケールで営まれている方々がいらっしゃいます。みなさん、日本の食を支えている大切な方々ですが、小規模経営で農業を営んでいらっしゃる方々のほうが大多数です。規模の小さい農業を営んでいる方々に向けても、さまざまなかたちでのソリューションをご提供し、農家の方々が抱える課題の解決に向けて取り組ませていただいています。NTT東日本は、17都道府県に向けて通信サービスをご提供している会社ですが、NTTアグリテクノロジーには、事業エリアの制限はありませんので、西日本や海外でも、いろいろな取り組みを行なっています。」

 

――今、見せていただいているこちらの資料には、御社の主な自社施設として、4つ、挙げられていますね。「ベジアイシティ山梨中央」「最先端農業ハウス、東京都調布市」「木質バイオマスコンテナ、群馬県渋川市」「陸上養殖プラント、福島県福島市」。そして、そのほか拡大中とのこと。これらの4つが主なのですか?

 

阿部 「ここに挙げているもの以外にもありますけれども、主立ったものとしてはこの4つですね。近々増える予定です。」

 

――こちらのページにある、主なプロジェクトを地図上に一覧化した資料を拝見すると、各地で、ものすごくたくさんのプロジェクトを展開なさっていますね。

NTTアグリテクノロジー作成の資料より。

 

阿部 「実際には、この数倍くらいあるのですが、比較的新しい取り組みに絞って表現させていただいています。

食という面で見ると、作物を栽培して育て収穫する営みは、重要なパートではあるのですけれども、食物がみなさんの食卓に届くまで一連のプロセスを考えると、ごく一部の営みになります。たとえば、育てる前には、当然、種が必要になってきますし、つくった作物をご自宅の食卓に届けるまでのあいだの物流だったり、加工や販売だったりと、いろいろな工程が必要です。私どもは、先ほどご紹介させていただいたように、自社の圃場で作物をつくっているのですが、それ以外にも、加工や販売など、食の全工程に幅広く関わり、ICTの力を適宜活用しつつ、お客様の課題を解決する事業を行っています。」

 

――なるほど、さすがのスケールと幅広さで、多様なプロジェクトを展開なさっているのですね。

 

阿部 「先ほどのご質問にあった、具体的に弊社がどんな作物をつくっているかのお話にちょっと戻りますが、山梨の自社圃場でつくっているのが、このリーフレタスですね。」

 

――すごい量ですね!

 

山梨県にある同社の最先端農業施設で栽培されている大量のレタス。

 

阿部 「そうですね。こうした施設の設計や施工も行っています。調布の圃場では、ローカル5Gの技術を用いながら、トマトをつくっています。ビジネスとして成り立つ農業を実現させるために重要なのは、作物の収穫量と単価にあると思っていて、その両方に効果を発揮する施策のひとつが、まさに、こうした高機能なハウス栽培だと考えています。できる限り耕作面積を有効活用できるように、天井から紐で作物を吊って、上に向かって育つように持っていくのですね。栽培の密度が、従来の方法の3、4倍と、段違いに高くなりますし、年間をとおした周年栽培も可能になります。つまり、作物の需要が高まり商品単価が高くなる時期にも、ちゃんと出荷ができるようになるという利点もあります。こうしたプロジェクトで得た知見は、小規模な農家の事業にも活かしていくことができると考えています。

そして、群馬のコンテナ栽培では、このように椎茸を栽培しています。」

 

――うわ! 本当にコンテナの中に椎茸の棚がぎっしり積み上げられていますね。

 

阿部 「コンテナ式栽培では、地域の林業で出た木材のチップを活用した発電の際に生まれた熱を利用して椎茸を育てていますが、同じ熱を活用してドライフルーツもつくっています。

さまざまな取り組みを進めており、自社で運営するファームのほか、パートナー企業と共同で運営するファームもあります。お客様の商品開発や製造、ブランディングにご協力させていただいている事例もあります。」

 

 

群馬県渋川市にある同社の「木質バイオマスコンテナ」とそこで栽培されている椎茸。

 

――日本酒やワイン、ベトナム料理のフォー、鯉のカレーや紅鮭などの海産物まであるのですね。「鯉カレー」なんて初めて聞きました。食べてみたいです。

 

阿部 「はい、かなり幅広くやらせていただいています。

福島県、とくに郡山市のあたりでは、鯉の郷土料理が盛んでして、鯉がご家庭の食卓やレストランで提供されていたりもするのですが、高齢化を背景に鯉養殖に従事する人が減っており、いかに技術を守り、伝承するかが課題になっています。われわれの持つICTの力を使って、いかにノウハウをデジタル化していくか、どうやってより多くの鯉食品が食卓に届くようにマーケティングをしていくかといった側面から、地域の方々と連携して取り組んできました。」

 

同社が製造やブランディングに携わった鯉のカレー、日本酒、ワインのイメージ。

 

 

――地域の食文化が危機的な状況にあるわけですね。

 

阿部 「そうですね。そして、それは鯉の養殖に限った話ではなくて、農業でも同じです。『30年間、農家をやってきました』というような方々のノウハウが、なかなか継承されていかないケースが多数発生していると思います。

多くの自治体では、一次産業が、地域の基盤産業になっています。各地域は『これについては、他の地域よりも優れている』と誇れる産品を持っていらっしゃることも多い。そうした地域の魅力をお支えし、盛り立てていくことを通じて、その地域に魅力を感じた新たな定住者が移住してきたり、周辺産業が生まれたり、生活と産業を支える新たなインフラが整備される効果も期待できるのではないかと思っています。循環型社会を形成するひとつのきっかけとして、一次産業をサポートしていきたいと、われわれは考えているわけです。インフラ部分はこれまで通信サービスを担ってきたNTT東日本が担い、産業に近い部分はNTTアグリテクノロジーがお手伝いできれば、と考えています。」

 

 

「農業エコシティの形成」へ

……豊かな地域循環型社会の

創造に寄与する

 

――なるほど。ただたんに食と農の世界をアップグレードするだけでなく、そこからさらに「地域循環型社会の創造に寄与すること」までを、非常に重要視なさっているのですね。

 

阿部 「そうです。

冒頭でもお話ししましたとおり、たとえば、今、農業界は必要な人手がますます減ってきているという問題を抱えていますよね。そのため、デジタル・トランスフォーメーションが非常に求められている領域でもあるのです。とりわけ大規模に農業をやっていらっしゃるお客様の場合は、デジタル化の推進による改善効果のインパクトも大きくなります。

ところが、なかなか難しいのが、いわゆるトレードオフの問題です。大規模な農業では、より作物の成長を促すために、二酸化炭素を意図的に散布することがあります。大規模化すれば、水やエネルギー資源、化学肥料を大量に消費することも考えられます。そうすると、大規模になればなるほど、環境へのダメージも大きくなっていくーーそれが従来の農業のあり方だったのですね。こうした課題についても、やはり、従来のままでよいというわけではなく、持続可能な社会をつくっていくためには、生産性の向上および省力化と環境負荷の軽減、そのふたつの両立が必要だと考えています。

われわれとしては、デジタル・トランスフォーメーションだけではなくて、グリーン・トランスフォーメーションも意識した活動を展開していかなければならないと考えています。作物の単価を上げていくことは、ビジネスにおいて非常に重要ですが、それと同時に、資源をどう循環させていくのか、リソースの消費を抑え、豊かな世界を守ることも重要です。持続可能な社会をつくりだしつつ、いかにビジネスもビジネスとしてしっかり成立させられるかに、私どもは取り組んでいるのです。

そして、先ほどお見せしたようなハウスやコンテナなどの設備ができてくると、収穫された作物を加工する会社が近くに生まれることも期待できます。今まで働いていなかった方々が、アルバイトやパート、社員として参画し、新しい雇用が生まれるという効果も生じると考えています。」

 

――街がつくられていくということですね。御社のウェブサイトでも、「次世代施設園芸ソリューション」とは、「高度な環境制御技術の導入による生産性向上」「雇用労働力を活用した大規模経営」「地域エネルギーの活用による化石燃料依存からの脱却」を3本柱として展開されるものであり、ひいては「農業エコシティの形成」まで見据えていらっしゃると謳われています。「『農業』を起点に、さまざまな周辺産業を集積させる、農業エコシティの形成」という、大きなヴィジョンも掲げていらっしゃって、たいへん包括的なプロジェクトに映ります。

 

阿部 「そうですね。まさに今ご紹介くださった『農業エコシティの形成』こそ、われわれが目指しているものです。さまざまなテクノロジーを提供する企業は多く存在すると思いますが、われわれの場合、一次産業に従事する方々に伴走しながら、街づくりも視野に入れて活動しています。農業を基点に、街づくりに携わっていきたいという思いが、われわれの事業の原点にあるのです。」

 

NTTアグリテクノロジーのホームページより。

https://www.ntt-agritechnology.com/

 

 

ICTを駆使した

遠隔農業サポートの重要性

 

――なるほど、一貫していらっしゃいますね。

ところで、ウェブサイトを拝見すると、今、お話しくださった「環境データを可視化するIoTサービス」や「AI収穫量予想」のテクノロジーの提供とともに、「遠隔・オンサイト双方でのマネージメント・サポート」も提供なさっていらっしゃいます。こちらは、具体的には、どのように支援なさっていらっしゃるのでしょうか? まさに、NTTグループの一員である御社ならではの強みが活用されている領域かと推察しますが。

 

阿部 「そうですね。農業を営んでいる方々の多くは、専門家から支援を受けて作物をつくっています。たとえば、地域の農家の場合、JA(農業協同組合)の方々が定期的に廻ってきて、『ここはこうしたほうがよい』とか『ここは対処が必要だ』というふうに、栽培についてアドバイスをくださっているわけです。大規模な農業法人であれば、生産を支える専門家から指導を受けたりなさっています。このように、失敗やリスクを回避させるための取り組みがなされているのですが、こうした指導ができる人材も、昨今、かなり減ってきています。これも非常に大きな問題で、有識者の方々の数が少なくなってしまうと、指導が行き届かなくなってしまう。とくに大規模農業法人の場合、指導ができる専門家の方々は、日本全国見回しても人数が少ないのが現状です。その限られた方々が、『北海道に行きます、次は四国に行きます、その次に九州に行きます』となると、移動時間だけでも相当にかかってしまう。そうすると、『今すぐに来てほしいのに、来てもらえない』というケースも生じます。地域にもよりますが、中小規模の農家の方々が、JAのサポートを受けられるのは、2週間に1回とか月に1回程度と、非常に頻度が少ない場合もあります。そうなると、廻ってきてもらえたときには、すでに、手遅れになっているという事態も、当然、発生してしまう。これは、農家の方々にとっては、収入源が断たれることを意味しますので大問題なわけで、支援にあたる専門家の数が減ることは非常に深刻な問題だと、私どもはとらえています。農家の方々の省力化に着目することに加えて、専門家の方々により力を発揮していただけるような環境を、ICTを活用していかにつくりだせるかという課題にも着目しているところです。

具体的に言うと、JA全農(全国農業協同組合連合会)や農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)、そして自治体である東京都と連携して、遠隔栽培支援の取り組みを始めています。

たとえば、東京と言うと、都会であって、あまり農家の方はいらっしゃらないイメージを持たれるかもしれませんが、実はかなりの方々が農業を営んでいらっしゃるのですね。そして、JAの方々や都の試験場の専門家の方々が、それぞれの農家に足を運んでサポートしていらっしゃるのですが、やはり、頻繁に廻るのは非常に厳しいのが実情です。そこで私どものテクノロジーを使って、『コックピット』と呼ばれる遠隔から支援できる設備を設けて、それぞれの現場に設置したカメラやセンサーなどからデータを拾い集め、『コックピット』から遠隔で農家を支援して、圃場のお困り事に対して、現地に赴かず、タイムリーにサポートできる取り組みを始めました。私どもはこれを『遠隔栽培支援』と呼んでいます。

ここで、東京都とNTT東日本と私どもNTTアグリテクノロジーによるプロジェクトをご紹介しましょう。最先端農業ハウスと遠隔技術指導を組み合わせた、調布における取り組みです。ここでは、農業未経験者をハウスで働く栽培スタッフとして採用し、専門家の栽培支援を受けながらトマトの栽培を行っています。プロによる遠隔指導があれば、経験の浅い作業者でも作物を安定栽培することができるのか、また、技術指導の効率化が図れるのかなどを実証し、社会実装につなげていく取り組みとなっています。このプロジェクトの目的は、農業の担い手を支援する技術者の不足解消や技術伝承などの課題解決です。とくに東京のような都市型農業の場合、小規模農地が広範囲に点在しており、指導員が1日に多くの農家を訪問するのは難しい。限られた数の指導員が地域に密着し、できるだけ多くの生産者に栽培支援を行うには、物理的・時間的な制約があり、課題となっているわけです。

この課題を解決するために、このハウスではローカル5Gを導入し、ハウス内に、高精細な映像で作物の様子を撮影できる4Kカメラを搭載したロボットやスマートグラスを設置しています。ここで撮影された映像は、リアルタイムで、20キロメートル離れた立川市にある東京都農林総合研究センターに送られます。立川市にいる研究員は、ハウス内にいる生産者目線の映像と音声をその場で確認することができ、的確な指導が行えるのです。加えて、スマートグラスを活用した生育調査では、たとえば、作物の計測したい箇所を作業員が手のひらや指で指し示すと、自動で必要なデータの計測が可能になっています。これにより従来多くの負担となっていた計測作業が簡略化され、より多くのデータが、正確に記録されることになります。大量のデータと映像が蓄積されることで、より緻密で複合的な分析が行えるようにもなると考えています。このような取り組みを通じて、高収量かつ高品質な農業生産を達成できたと思います。

 

NTTアグリテクノロジーが開発したスマートグラスを装着して、各圃場の作業員は農作業に臨む。

 

将来的には、通常、ハウスで飛行させることが難しいドローンについても、遠隔操縦や自律飛行を実現する技術開発を進めていく予定です。そして、病虫害診断や農薬散布など、さまざまな用途にドローンを活用していくことで、さらなる生産性の向上につなげていきたいと考えています。

遠隔栽培支援には、現地に赴くことなく、生産者の要望に応え、技術指導の効率化とともに、的確な農作業支援ができるという、大きなメリットがあります。ICTを活用することによって、従来であれば、片道1時間かけて現場に赴かなければならなかったものが、移動の必要がなくなり、浮いた時間で、指導の回数や指導する相手の数を増やすことも可能になる。

当初は、これだけ大量のトマトやレタスを実際に栽培することが、農業未経験者に本当にできるだろうかという不安も、栽培担当者は抱えていましたが、遠くにいるプロに連絡をして気軽に相談できるというシステムは、思っていた以上に成功しました。現場の栽培担当者からは、まるですぐ隣りにプロが寄り添っていて、個々の問題にどう対処すればいいか、都度都度、助けが必要なときに、サポートいただいているような感覚があり、ありがたいという声も聞きます。遠隔栽培支援を導入した環境下であれば、栽培経験のない人でも、安心して農業にチャレンジしていただけると考えています。専門家の方々に知見を最大限に発揮いただき、より多くの農業従事者の方々がより頻繁にサポートを受けられる遠隔技術支援は、おおいに意味のある取り組みになっていると考えています。」

 

 

「小型バイオガスプラント」を導入した

エネルギー資源循環型農業から、

「食育」、そして、

多様なパートナーとの協働まで

 

――農業未経験者の方々でも、こんなふうに大量のトマトやレタスなどの作物を安心・安定して育てられるというのは、まったく驚きです。

 

阿部 「技術によって、農業参画のハードルは下げることが可能だと考えています。

最近では本ハウスを利用した『食育』も展開しています。調布のハウスでつくったトマトを、地域の小学校に提供して、子どもたちに食べてもらいました。子どもたちも、自分の地域で農業が営まれているという話を、学校で聞く機会は少ないと思います。まずは、『実は、学校の近所で農業をやっています』というお話から始めて、『農業って、こんなに楽しい仕事で、ICTのような技術を使う、最先端の産業でもあるのです』と、伝えしました。『その農業の取り組みの中には、バイオガスプラントもあり、実は、食べ残しなどを再生エネルギー燃料に変えて、またハウスに戻すという、小さな循環型社会をつくっています』というお話もしています。

この食育プロジェクトを記録したパンフレットも作成し、情報発信も行っています。」

 

――それは、子どもたちにとって、とても良い勉強になりますね。そう言えば、私も、幼稚園の遠足でおイモを掘ったことをよく覚えています。とても楽しかったし、特別な体験だったので

 

阿部 「私が幼かった頃も、付近に農業を営んでいる方はいましたけれども、なかなか触れ合う機会はありませんでした。『実は、農業には最先端の技術が使われていて、これからも発展していくような産業でもあるよ』というような話は、子どもたちには、まだ伝わっていないのではないかなと思いますが、ぜひ『憧れの産業』として、『将来は農家になりたい』と思う子どもたちが、たくさん出てきてくれればと、願っているわけです。」

 

――良いですね。未来の農家さんの数の減少にストップがかかりそうです。

 

阿部 「もうひとつ、JA全農様が運営するファームの例をご紹介しましょう。JA全農様には、大規模施設園芸事業を専門にやっていらっしゃるチームがあって、日本全国に新しい農業のかたちを普及させていくに当たって、ファームの運営を実践していらっしゃいます。そこで、私どもがご協力させていただいて、遠隔栽培支援センターの『コックピット』を整備しました。これによって、従事者が装着するスマートグラスなどのデバイスを通じて得られた映像データや、作業者の記録する生産管理データなどを活用して、遠隔にいながらも現地訪問と同等の作業支援を実施することが可能になっています。

 

JA全農内にある遠隔栽培支援センター「コックピット」のイメージ。

 

先ほどもお話ししましたとおり、生産者も指導できる専門家も、農業界の人材不足は深刻です。今後、安定的に生産基盤を維持していくために、最先端の技術を取り入れながら、人手に頼りすぎず、いかに効率よく省人化していくかが重要になるわけです。たとえば、ICTの力やスマートグラスなどのデバイスを活用すれば、植物の生育状況や病害虫の状況がリアルタイムで確認できるほか、温度や湿度、日照など圃場内外の環境状況をデータで常時確認することができるようになります。現地での作業員の経験知や監督指導に頼る農業ではなく、さまざまなデータを蓄積することによって、専門家が一度だけ現地に訪れて行える指導に勝る有益な情報が得られ、過去の状況にも遡って計画を練ることも可能です。また、従業員の得意、不得意を加味した最適な作業計画を自動作成することもできるので、圃場の管理者の負担軽減にもつながっています。それはつまり、新規の方々が農業に参入しやすい環境の実現にもつながるということです。

スマートフォン上で操作する私どもの開発したアプリケーション『Digital Farmer(デジタルファーマー)』とスマートグラスを使っていただくことで、現場の管理者の方々は、いつでも好きなときに、コックピットのエキスパートに相談ができるようになりました。つねに自信を持って作物を育てることができるという感想もいただいています。このシステムはスマートフォン上で入力作業が完了するので手軽に使うことができ、かつ、データがすぐにシステムに反映されていきます。これまで、各々の従事者に紙で報告してもらい、エクセルで取りまとめていた作業が、スマートフォンのアプリで置き換わったわけです。病害虫の発生や設備の故障などについても、スマートフォンでの撮影を通じて、すぐにコックピットに報告されるので非常に助かっているという声を、現場からお聞きしています。また圃場のデータがデジタルで蓄積されるので、他所の圃場とさまざまなデータを共有して、活用することも可能です。今までできなかったことが、これからはどんどんとできるようになっていく、そんな手ごたえを感じているというご意見をいただています。これまで人手がたくさん必要だった手作業ひとつひとつを、テクノロジーを用いて、どのように、効率的かつ総合的に、デジタルに転換していくかが重要で、今後も私どもが注力していきたい領域です。」

 

NTTアグリテクノロジーのホームページより。

https://www.ntt-agritechnology.com/

 

 

――「Digital Farmer」のサービスは、今年の2月に本格的な提供が開始されたのですよね? 「施設園芸向け生産・労務管理サービス」「施設園芸ハウスの作業情報を可視化・分析し、データに基づいた効率的な労務管理を支援する」スマートフォンとパソコン用のアプリケーション・ソフトとのことですが、今のお話を伺って、どのようにすごいのか、納得です。

 

阿部 「もともと、一部の農家様では、先行してお使いいただいていたのですけれども、よりお求めやすい形でのご提供ができればと考え、今年の2月から、本格的にご提供を開始いたしました。

たとえば、『明日、何キロ、何トン、出荷しなければいけない』という状況を迎えたときには、翌日に確保すべき人員設計が必要になります。このシステムは『初級者レベルは何人、熟練者レベルは何人必要』という具合に、自動的な計算で算出して労務設計に活かすことも可能です。また、出荷予定量を、物流業者や販売店に通達することもできます。お店では情報を踏まえて、事前に棚を確保することも可能になります。」

 

――そのようにして、流通にまで関わっていらっしゃるのですね。

 

阿部 「そうですね。現在、日本でいちばん食べられている作物は、トマトなのですが、トマト全体の約1パーセントが、すでにこのシステムの上で流通しています。活用に伴い、さまざまな情報が蓄積されていきますので、データをもとに、さらに価値ある取り組みが生まれていくだろうと、期待しています。」

 

――農業の実証ファームからコンサルティングに物流まで、本当に幅広く取り組まれているのですね。驚きました。

 

阿部 「一次産業全体を事業領域ととらえて活動しています。先ほども少しお見せしましたが、漁業の分野である陸上養殖も手がけています。

なぜ漁業もやるのかというと、水産資源が枯渇してきているという深刻な状況があるためです。近年では、大規模な陸上養殖の施設をつくっている企業が増えてきていますが、地域で活躍されている方々の場合、そこまで大きなプラントをつくるという選択肢は現実的ではないことが多いのです。たとえば、『学校の体育館が余っているのを活用したい』とか、『工場をもう稼働していなくて、箱だけ残ってしまっていて、どうにかしたいと思っている』というような、既存のものを使いながら、新しい事業を展開したいという方は、けっこういらっしゃるように感じています。そうした比較的規模の小さいケースでも、きちんとビジネスが回るような仕組みをつくるところからご支援して始めたのが、私どもの陸上養殖事業です。

ベニザケは、これまで世界的にも養殖が難しいとされてきた魚ですが、岡山理科大と、水産物の養殖から加工・販売までを手がけた『スーパーいちい』との連携により、ビジネスベースで日本で初めて養殖に成功しました。ここでは同学の山本准教授が研究・開発なさった特殊な水を使用しています。『好適環境水®️』という水なのですが、これを使うことによって、本取り組みでは魚の成長の速度がおよそ2倍になり、生育期間が大幅に短縮されています。自然界でしかこれまで獲れなかったような単価の高い魚を、短い養殖期間で提供することが可能になり、ビジネスとしての道筋が見えてきました。スーパーいちいの敷地にある倉庫を活用して水槽をつくって始めた事業ですが、農業と同じく、専門家の指導が必要になってきます。必要なときに毎回、専門家の方に来ていただくのは不可能ですから、遠隔栽培支援が、本分野においても活用できるのではないかと、われわれとしては、期待しているところです。昨年7月に、初めての出荷を行い、スーパーで販売されたのですが、瞬く間に売り切れたと聞いています。」

 

同社の参画する養殖事業で育てられたベニザケ。

 

――なるほど、漁業でもイノベーションの力が発揮されているわけですね。

あと、ひとつお聞きしたかったのは、遠隔サポートの力で作物をすこやかに育て、生産量を上げたり安定供給を可能にしたりなさっているわけですが、たとえば、味や品質、おいしさの向上にも、やはり、遠隔サポートを通じて、注力していらっしゃるのでしょうか? 野菜や果物に高いクオリティや甘みを求める日本人のこだわりや「糖度文化」は、実は、世界的にも非常に稀で、ずば抜けているという話も聞きますが。

 

阿部 「たとえば、水や温度をコントロールするなど、糖度や品質を高くしていくにも、いろいろなやり方があると言われています。そのようなノウハウは、個々の農家の方々も独自に蓄積されていると思いますが、専門家の方々による指導の力が求められることも多いと思います。『より良い作物をつくりたい』『エキスパートに頻繁にアドバイスを求めたい』――そのような想いに応えるのに、遠隔栽培支援は非常に有効だと考えています。

育種の観点では、私どもも提携企業とともに取り組みを進めていますが、品種について日本でもっとも意欲的に取り組んでいらっしゃる組織のひとつは、農研機構です。日本を代表するシャインマスカットなどの品種開発を行い、農家の方々に成果を還元されていらっしゃいます。

たとえば、寒冷地で栽培できるいちごやタマネギの新しい品種や育て方なども、すでに生まれています。夏場の端境期に、これまでは中国など海外からの輸入に頼っていたシーズンに収穫し販売できる下地ができています。けれども、そうした新しい品種ができたときに、ではどうやってその品種をそれぞれの地域で展開して広めていくかという問題が出てくるわけです。農研機構の方々が地域に常駐することができれば、課題は解決できるかもしれませんが、すべての農家さんに指導していくことは不可能です。そこで、われわれが、遠隔栽培支援技術をご提供し、農研機構と連携しながら課題に応えていきたいと考えています。」

 

 

「野菜自販機」から「ICE ENERGY」まで

ユニークなプロダクトを研究・開発

 

――なるほど、よくわかりました。

昨年11月には、初期投資費用が不要な「野菜自販機」の設置サービスも開始なさり、話題を呼びました。導入のために農家さんが初期投資を負担する必要がなく、サブスクリプション型でもないという点が良いですよね。こちらはどのような課題を解決するのか、教えていただけますか?

 

阿部 「初期費用がゼロで済み、かつ、月額定額でいくらお支払いいただくというかたちではなく、それぞれのお客様の販売額に応じてお支払いいただくモデルを採用しています。小さな規模で農業を営み、ご自分でつくったおいしい食材を、地域の方々にいち早く届けたいという思いから、街中に無人販売所を設けて、ご自分で販売なさったりしている方々は、実は、全国にたくさんいらっしゃいます。けれども、初期投資が必要であることや、作物の盗難リスクを考えて、二の足を踏んでしまう場合も多いと思うので、そういった方々の抱えていらっしゃる課題に寄り添っていきたいと考えました。今回、大胆に初期費用をなくして、売れた分に対して、一定の割合をお支払いいただくかたちにすればよいのではないかと考え、『野菜自販機』のご提供をスタートしました。関東だけでなく、西日本や九州などでも採用いただいています。『自販機』と謳っていますけれども、いわゆるロッカーのようなものをイメージしてください。」

 

――やっぱり、お野菜や果物についてはとりわけフレッシュで、地産地消、その地域で取れたものを食べたいと思われるお客様は、大勢いらっしゃるでしょうからね。

 

阿部 「最近、『野菜自販機』に、お客様から『おいしかったです』というお礼のお手紙が入っていたというお話も聞きました。農家さんにとっても、地域のお客様の声が聞けるのは嬉しいことですよね。」

 

――それは素敵なエピソードですね。

今、お話しくださった『野菜自販機』のほかにも、御社のホームページ上のオンライン・ショップでは、栽培ハウスをモニタリングする「みどりボックス」や「ハウス・ファーモ」、LTE通信対応スマートグラス「InfoLinker3」などのデバイスから、農作業者の健康維持と生産性向上のための特殊低温保冷剤「ICE ENERGY」とその専用ウェアまで、ユニークな商品を開発・販売なさっています。こうした製品についても、御社内で独自に研究なさり、企画・開発を行なっていらっしゃるのでしょうか?

 

阿部 「そうですね。当社だけで研究・開発を行っているというよりも、いろいろなパートナー企業のみなさまと連携して、新しいチャレンジを行っています。

当初は、お客様から具体的なご要望をいただいたのに応えるかたちで、製品をラインナップし始めました。この取り組みを通じて、いただいたご利用者様のご意見は、遠隔栽培支援の取り組みにもつながり、活かされています。

ちょっとユニークなのは、『ICE ENERGY』です。これは長時間利用できる、結露しないタイプの保冷剤になっておりまして、暑い環境や季節に作業なさるときに、ベストの中に入れて、そのベストを身につけていただくかたちで使っていただいています。かなりお安い金額でお買い求めいただける保冷剤なのですが、こういったICTから離れた一次産業の課題解決にも、NTTアグリテクノロジーは取り組んでいます。」

 

NTTアグリテクノロジーのホームページより。

https://www.ntt-agritechnology.com/

 

 

海外諸国とも

ディスカッションや協働を実施

 

――なるほど、とても便利そうです。海外でもヒットしそうな商品ですね。

海外とのつながりや事業展開についても、少し、伺ってもよろしいでしょうか? 先日、海外の英字メディア『Business Insider』紙の御社取材記事でも、5Gやロボティックスなどのテクノロジーを駆使して、高齢化する日本の農家のために実作業の負担を軽減するソリューションを提供なさっていることが注目されていましたね。また、御社のウェブサイトで最近のお知らせ欄を拝見したところ、世界各国から、御社の設備を多くの方々が視察にこられているようですね。御社のソリューション・サービスには、国外でも大きな需要があるのではないでしょうか?

 

阿部 「『Business Insider』の記事は、ローカル5Gにフォーカスした内容でしたが、『農業×ICT』の事例として、弊社の取り組みについて、幅広く発信しています。

2023年には、ドイツの食糧・農業大臣が弊社を訪問くださって、意見交換を行いました。ドイツでも、農業従事者の高齢化にどう対処するかが大きな課題になっていて、高齢化先進国の日本の取り組みに注目が集まっています。また、オランダからは、大使館で働く方々をはじめ、一次産業に取り組む方々が、弊社の実証ファームの視察に来られたりもしました。最初にご紹介したように、当然、農業の栽培技術に関しては、オランダは世界でも有数の先進国なのですけれども、ICTの農業への導入やその普及については、日本はかなり進んでいますので、ご注目いただいている面もあります。ほかにも、台湾をはじめとするアジア諸国から、どうやったらより効率よく農業を営めるかという課題に取り組む参考にと、弊社の施設を視察しに訪れて来られます。」

 

――外国のほうが農業がより社会に根付いているようなイメージを持っていましたけれど、実は、技術的なことなどについて言うと、日本で御社がやっていらっしゃることは、世界的にも最先端のイノベーションなのですね。

 

阿部 「それぞれの国や地域ごとに異なる情勢があるので、視察や意見交換にいらっしゃる理由もさまざまではあります。ひとつ、大きな理由として挙げられるのは、日本の高齢化と農業従事者数の減少が他国以上に進み、すでに非常に深刻な問題になっている点です。人手が不足するなかで、どうやって、農業を維持していくのか。どうやって、省力化や省人化を行い、かつ、生産性を上げているのか。各国においても、近い将来、自ら直面するであろう問題ととらえ、日本はどう対処しているのか参考にしたいという関心があるのだと思います。ドイツや台湾などは、とくに高齢化の問題が課題として大きく、東南アジアの国々などの場合は、より生産性を向上するための技術革新への関心が強い。

他方で、われわれは、他国の開発した最先端の農業の手法を取り入れて、自社ハウスでの栽培やビジネスに応用させてもらっています。そのようにして、お互いに情報交換をすることによって、相手方だけでなく、日本国内の農業の状況も、少しずつ良くなっていくだろうと期待しています。」

 

――すでに海外でもいくつもプロジェクトを展開なさっていると思いますが、今後はさらに増えていくご予定でしょうか? お差し支えなければ、具体的なプランを教えていただけますか?

 

阿部 「今後の具体的な弊社の海外での事業はお話しできないのですが、ひとつ、ご紹介できることとして、内閣府主導で農林水産省が進めている、日本の研究機関などで開発された一次産業のイノベーションの成果を、いかに海外でも展開し、社会実装していくのかについて取り組む『Bridge』という国主導のプロジェクトに、弊社も代表機関としても参加しています。そこでは、高機能な施設園芸を、東南アジアをはじめとする海外に展開していくための試みに、ご協力させていただいています。」

 

 

農業を「憧れの職業」に

……「農業×ICT」を通じた

地域経済の活性化と

街づくりをめざして

 

――最後に。今後、さらに力を注いでいきたいプロジェクトやテーマがあれば、お差し支えのない範囲で、教えていただけますか? また、2030年、40年、50年の未来に向けて、御社が達成していきたいヴィジョン、とくに取り組んでいきたいとお考えの事業構想があれば、お教えください。

 

阿部 「今あるプロダクトを磨き上げていくケースもあれば、新しい領域にチャレンジしていくケースもあるでしょうから、一概には言えないのですが、作物が実際に育って、みなさまの食卓に届くまでのあいだには、さまざまな課題がまだまだ存在します。どういう課題があるのかを見極め、どのようにテクノロジーを活用すべきかを考える。必要に応じて、必要なパートナーの方々やNTTグループ内で協力しながら、一次産業の領域で、責任をもって真剣に取り組ませていただきたいと考えています。

個々の農業経営者はもとより、地域の主力産業である一次産業に対して、しっかりと寄り添っていこうとしていらっしゃる自治体も、たくさん存在していると思います。そういう方々が抱える課題に対して、ソリューションをご提供しつづけていけるように努めたいと考えています。

まとめますと、日本の農業を、しっかりと持続可能なものにしたいーーそれが、われわれの目指すところです。その一手として、農業を『憧れの産業』に変えていき、より多くの方々が農業に従事したくなる世界を目指していきたいと思います。そして、農業が活気づくことによって、それぞれの地域が活性化し、地域循環型社会の形成に寄与することを通じて、みなさまのまちづくりを支えていきたい、と考えています。

農業をはじめとする一次産業は、人類が、はるか昔から営んできた産業です。われわれは、その歴史の中の数年間を経験したにすぎない若輩者ですが、外部から入ってきたものとして、先達の方々に敬意を払いつつ、新たな風を吹き込むことができればと考えています。一農業生産法人として、新しい価値を生み出すべく、今後も活動を進めてまいりますので、ご注目いただけると幸いです。」

 

――「農業を憧れの職業に」というヴィジョンには、大きな期待と希望を感じますね。

今日は、最先端のアグリテクノロジーについて、リアルで詳細なお話を伺えて、たいへん勉強になりました。ありがとうございました。

 

 

 

⚫︎NTTアグリテクノロジー

 

ホームページ

https://www.ntt-agritechnology.com/

 

 

 

 

2024年2月27日収録。