僕らのやってきたこととは、いわば、

『地方へのパスポートを手渡すこと』です。

今はまだ地方に関わりのない都市住民の方々が、

産地直送の新鮮な旬の食材を手に入れることができるルートを

拓き、同時に、その食べものをつくった地方の生産者たちと

出会い、交流できるようにする。

親子で、田舎に滞在し、

そこに暮らす人たちと出会う機会を提供する。

でもね、それだけでは、まだ不十分なのですよ。

田舎には、まだまだリソースも人手も、不足している。

つまり、都会に住まう人たちに、より深く、

地方に関わっていってほしいのです。

それが着地点です。

 

 

 

「都市と地方をかきまぜる」をミッションに、「日本中あらゆる場の可能性を花開かせる」をヴィジョンに掲げ、「食べものの裏側にあるストーリーを伝え、生産者と消費者を直接つなぐ」食の流通プラットフォーム「ポケットマルシェ」をはじめとする、ユニークで革新的な事業を展開してきた株式会社雨風太陽。岩手県花巻市に本拠をおき、「ポケットマルシェ」のほか、自然の中で「生きること」を学ぶ「ポケマルおやこ地方留学」から、日本各地の自治体と連携した生産者支援や販売促進事業などのソリューション・ビジネスなども手がける。地域と多様に関わる人びとを指す言葉として「関係人口」の創出を謳い、それがいかに日本の未来にポジティヴかつ大きなインパクトを与えるかを思い描き、事業をとおして現実化していく同社。創業から現在までの歩み、そして、現在から今後にわたる、その豊かで壮大なグランド・ヴィジョンを聞く。

 

 

取材・構成=川出絵里、シニア・エディター、『RPA MEDIA』
INTERVIEW & EDIT BY ERI KAWADE, SENIOR EDITOR, RPA MEDIA


 

 

被災地で起きた

「共感」という

化学反応を日常に

 

——以前は、岩手県議会の議員をなさっていたそうですね。起業までの道のり、創業に至ったきっかけと経緯を教えてください。

 

高橋 「東日本大震災がきっかけですね。自然災害というのは、その時代の社会の弱点を突いてくると言われています。東日本大震災の場合、どんな社会の弱点が突かれたのかというと、過疎と高齢化が著しく進んだ地方の生産地が抱える問題点が、まさに突かれた。では、なぜ、そこまで地方社会が脆弱化していたかと言うと、都市と地方の分断という長い年月をかけて生み出されてきた社会課題が、そこに浮かび上がってくるわけです。

もとを辿ると、第二次世界大戦後の日本は、1954年から1975年にかけて、22年ものあいだ、地方に生まれ育ったわれわれの先輩たちを、『集団就職列車』で都会に連れ出していき、都市の労働人口に転換していたのですね。当時、地方社会の若年層、中学校を卒業したばかりの若者たちを、『金の卵』と呼んで、実に大勢の青年たちを、東京、大阪、名古屋の三大都市圏に片道切符で連れて行き、移住させていた。そうして重化学工業を中心に日本の経済を復興させようとした、そういう歴史が存在しているわけです。

これが、つまりは、地方社会の過疎化問題の原点なのですね。これだけの短期間にこれだけの規模で、当時の労働省が旗を振って、県や国鉄も応援するかたちで、いわば国策として、地方の若者たちを都市に連れていった国というのは、世界的に見ても歴史的に見ても、この時代、高度経済成長期の日本以外には存在しない。その結果が、都市と地方の分断となって現れ出てくるわけです。

高度経済成長期の日本社会では、『大量生産、大量消費、大量廃棄』が三つ巴になって加速していきました。『食』に関しても、生産から流通、消費までのバリューチェーンが間伸びしすぎて、食べものを消費する側の世界からは、その食べものをつくった生産者の姿や形が、まるで見えなくなってしまった。人間というのは、見えないものに価値を見出すことはできませんから、したがって、お金も払えないとなる。生産地の価値が、都市に伝わらなくなっていったわけです。

東日本大震災のときに、こうした都市と地方の分断の問題が存在するということ、そして、地方の食の生産地がひどく脆弱化していることが、あらためてはっきり浮き彫りになった。被災地の困難な状況を助けようと、たくさんの人たちが、日本各地から、救援ボランティアとして、あるいはビジネスとして、お手伝いに駆けつけてくれた。彼らの多くは都市住民で、それまで『食』の消費者でしかなかった人たちでしたが、被災地の『食』の生産者たちを助けようとして、生産者の側に立つという『未知との遭遇』のような経験をすることになったのです。みなさん、『生まれて初めて、漁師に会った。』というようなことを、当時よくおっしゃっていました。初めて食べものの裏側の世界を垣間見た方々が、その生産者のライフ・ストーリーや生産プロセスに共感を感じていらした。そして、そういう体験を経て、今度は、これからもその生産者の人たちが生み出す価値を一緒に守り育てたいと感じるようになっていった。『来年も、この人から、自分が食べるものを買おう』『この人のつくる作物のことを、会社の同僚に口コミで伝えよう』といった具合に、ある種の循環が自然に発生して広がっていったのですね。間延びしていたバリュー・チェーンが縮まり、顔の見えるバリュー・サイクルに変化して回り始めたようでした。

これが、僕がよく言う『都市と地方をかきまぜる』という行為のひとつの原点の姿だと思っています。『こんなふうに考える人が増えれば増えるほど、都市と地方の分断は解消されていくのではないか?』と感じました。では、そういう体験を、地震や津波が来た緊急事態のときだけではなくて、ふだんから日常的に行えばよいのではないかと、考えたのですね。それで、『東北開墾』というNPO法人を立ち上げました。そこで、『食べる通信』という、生産地で採れた食べものを、その生産者について書いた情報誌とセットで定期便で届ける事業を始めたのです。僕が編集長をやっていました。実際、スタートしてみたら、被災地で起きた化学反応が、物理的な距離の壁を超えて、情報誌とSNSを通じて再現できたのですね。それで、『ああ、これをやっていこう』と思えたのです。それが始まりですね。」

 

 

雨風太陽 代表取締役 高橋博之

All the images: Courtesy of Ame Kaze Taiyo. Inc.

 

——なるほど。2011年の3・11が起きたその直後から、実際に、具体的な活動を始められ、自然にどんどん展開していったのですね。

 

高橋 「当時、僕は岩手で県議会議員をしていましたが、震災の4日後に被災地に入って、資材の搬送や炊き出しといったボランティア活動をしばらくやっていました。その秋に議員を辞めて、それからだんだんと事業に移行していきました。」

 

——『食べる通信』が、いちばん最初に手がけられた事業だったのですね。生産者の方々がつくる食べものを消費者の方々に、言葉とともにつないでいく。この事業は、今も、御社の主要な事業のひとつとして続けていらっしゃいますね。『食べる通信』とは、「食のつくり手を特集した情報誌と、彼らが収穫した食べものがセットで定期的に届く“食べもの付き情報誌”です」と、サービス・サイトのトップで謳われています。これは、「旬をむかえた、地域の魅力あふれる食材が情報誌とセットで届きます。いずれも生産者が丹精こめて育てた逸品。一般には流通しない貴重な食材も!」というサービスとのことですが、その食材を使ったレシピや、個性豊かな生産者の人と成り、生きざまの魅力に迫るレポート記事なども充実していますね。さらに、生産者と定期購読者の双方が参加できるフェイスブック・グループもあるとか。今の御社の主力事業である「ポケットマルシェ」も、生産者と消費者が、直接、コミュニケーションを取れるというところが新鮮な発想でおもしろいなと思ったのですけれども、そこに通じるこうしたコミュニケーション重視の姿勢は、すでに最初から基盤としてしっかりあったわけですね。

 

高橋 「そうですね、ありましたね。被災地で起きた科学変化が日常的に起こっていけば、都市と地方の分断が解消される助けになるだろうと思って始めた。もちろん、被災地は、とにかく復興させなければならない。けれども、たんにもとに戻すだけの復旧では、また過疎地に戻すだけに終わってしまうので、価値観と価格の変化をちゃんと形にしていくこと、つまり、『創造的復興』が必要だと思ったのです。

いわば、地方で起きていること、そこでつくられた食べものを、ダンボールの中に詰め込んで、都市部に住まう方々に届ける。食べものができるまでの裏側の世界が伝らないと、消費者は、値段でしか、食べものの良し悪しを判断しなくなってしまいます。できるだけ安いコストで、ただひたすらたくさんのものを手に入れる、費用対効果の最大化のような物差しとは違う、『新しい物差し』を提供したかったのです。被災地に支援にやってきた消費者が、生まれて初めて、生産者と、彼らがつくる食べものの裏側の世界に出会って、共感が生まれていった。そういう共感を、今度は、情報誌とSNSの力を通じて、再現することができた。そこから、すべての事業が広がっていきました。」

 

以下、画像はすべて、雨風太陽のウェブサイトより抜粋・転載。

 

 

 

 

『食べる通信』ウェブサイトより。

スマートフォン上での「ポケットマルシェ」アプリ画面の見え方の一例。

 

「ポケットマルシェ」の多彩な企画コーナーの例。

 

「ポケットマルシェ」内の商品ページから。

 

 

NPO「東北開墾」から

株式会社「ポケットマルシェ」へ

 

——食べる側の人たちの共感を呼び起こすような、「食」の裏側の物語を伝えることが不可欠だった。そこから、すべてが始まっているということですね。

 当初は、なぜ、NPO法人というかたちを取られたのですか?

 

高橋 「最初は、まだ、政治家の延長線上で考えていたこともあって、そのほうがスムーズに移行できたせいでしょうね。政治も、社会性を訴えて、共感する人に投票していただき、政治活動をする。NPOも、社会課題をビジネスの力で解決していこうというものなので、性質上、ぴったり合っていたのです。」

 

——なるほど。そして、その「東北開墾」での活動を経て、2015年に株式会社を立ち上げられ、2016年に「産地直送の食べものを買える・売れる、日本初のプラットフォーム」として、「ポケットマルシェ」のサービス・ウェブサイトとアプリの事業をスタートなさいました。2023年12月時点で、全国の農家さんと漁師さん、8100人が加盟し、消費者は、ECアプリを通じて、彼らから直接、新鮮な旬の食材を購入することができます。野菜や果物、魚、肉など、約15,000品の食材から、自由にお気に入りの一品を探して買い、生産者と直接コミュニケーションを取ることもでき、生産者と消費者の双方から非常な好評を得て、拡大成長してきたサービスですが、最初は、どのようにスタートなさったのでしょうか? さきほどの「食べる通信」のご活動の延長線上にあったと思いますが。

 

高橋 「そうですね。結局、『食べる通信』は月刊誌で、ひとりの生産者にフォーカスして、その人の人生の物語、ライフ・ストーリーを書いて、都会の消費者に届けるというモデルですから、1年間で12人の生産者しかご紹介できないのですね。つまり、ひと月に一度しか、都会のお客さんの食卓を変えることができない。このペースでのんびりやっていても、都市と地方の分断という社会課題の解消には到底至らない。生産地が非常に激しいスピードで衰退していますから、もっとスピードを上げて、多くの生産者が消費者と直接双方向でつながる世界をつくらなきゃいけないと思ったのです。

今や、日本中の人びとの手のひらの上には、スマートフォンというパーソナル・コンピューターがあり、日本には世界に冠たる流通網もあるわけですから、じゃあ、今回は、スマートフォン上のアプリを介して、生産者自らが自分のつくった作物に対して値段をつけ、買ってくれるお客様に対して、『食』の裏側の世界を伝えられたらよいのではないかと考えました。

生産者自らが価格決定権を手にするということは、彼らは、なぜその値段をつけたのか、その価値を、自分たちでお客様に対して説明しなければならなくなるということです。アプリ上で、それぞれの生産者自身が、そんなふうにお客様に対して語り始めて、作物を売り始めたら、それまでの『食べる通信』にあった月刊誌のサブスクリプションという制限から解き放たれて、一気に広まるのではないかと考えたのです。つまり、『食べる通信』で得た知見を、スマートフォンのアプリに実装して、『ポケマル』という武器を、それぞれの生産者に渡そうとした。

ところが、アプリを開発しようとすると、そのためのお金もかかる。NPOのままでは限界があった。そこで、資本主義の力を借りようと決め、株式会社化して、『この指止まれ』と呼びかけ、たくさんの方々に出資頂いたのです。そのお金を使って、アプリをつくったという流れでした。」

 

——なるほど。そうして、「食」の直接流通のためのプラットフォームを、誰でもスマートフォン上でアクセスできる形で展開し始め、この「武器」を、生産者の方々に渡して、一気に規模を拡大させたわけですね。

 この「ポケットマルシェ」のプロジェクトを進めていくに当たって、とくに困難に感じた課題は、どんなものでしたか? また、どのように解決なさったのでしょうか?

 

高橋 「最初は、生産者の方々にサービスを理解して加盟して頂くのがたいへんでしたね。自分で作物の写真を撮って、値段をつけて、アプリで公開して、売れれば『チャリン』と、自分のお財布に売上が入ってくる。『そんなうまい話が本当にあるのか?』と、訝しんでしまう方がとても多かったので、最初のうちは、出品してくださる生産者さんたちが少なくて、わかって頂くのに苦労しましたね。なので、それを解決するために、僕自身、長年かけて全国各地を回りつづけて、集会場を借りて、その都道府県や地域の農家の方々や漁師の方々に集まってもらって、『ポケットマルシェ』を利用するとどんなメリットがあるのか、説明しつづけてきました。車座を組んで話し合って、説明会のあとには、一緒にお酒を酌み交わしたり、翌日には、畑を見せてもらったり、船に乗せてもらったりしてね。もう日本を何周したか、覚えていないくらい(笑)。そうやってずっとやってきて、それが今、加盟してくれている8000人の生産者さんたちの輪へと広がっていったのです。」

 

——8000人の信頼を得るというのは、実際、非常にたいへんなことですよね。現実に、日本中に足を運びつづけて、ひとりひとりの心に向かって、信用してもらえるまで、伝えつづけてこられた。その結果が積み重なって、今の状況が生まれたということですね。

 そうして「ポケットマルシェ」の事業を始められて、生産者側からも消費者側からも、いろいろなリアクションがあったかと思うのですが、とくに印象に残っているものがあったら、それぞれに、教えていただけますか?

 

高橋 「うーん。本当にたくさんの物語があって、選びきれないですね。畑の物語と食卓の物語がつながると、もう途端に、世界に唯一無二の物語が、次々と生まれていく。『世の中捨てたもんじゃないな』と、いつも感じさせられますね。生産者とお客さんと、お互いに相手の顔が見えるようになるとね、やっぱり、それぞれに変わっていかれるのですよね。たとえば、生産者さんで言うと、食べる人の顔が見えるようになって、農薬の使用量を極力減らすようになったり。お客さんのほうも、つくってくれた生産者さんの顔が見えると、食べものを捨てられなくなったりだとかね。『感謝して食べるようになった』という言葉は、よく聞きますね。やっぱり、食べる人とつくる人というのは、本来、お互いさまの関係で、つくる人がいなければ食べれないし、食べる人がいなければつくれない。双方向にお互いの顔が見えるような形になると、エモーショナルな世界に突入していきますよね。」

 

——たしかにわかる気がします。ふだん、私たちは、スーパーなどでただ食べものを買ってきて食べている。そのときは、食べものを「モノ」として見ている。けれども、そこに、突然、本物の人間関係の経験が生じるわけで、そうなると、当然のこととして、人間的な相互作用が生まれますよね。

 

高橋 「人間というのは、『人の間』と書いて『人間』じゃないですか。これまで、生産者と消費者は、お互いに顔が見えず、相手を利用すべき手段のようにみなしていた。けれども、お互いに顔が見えるようになると、そこに人間関係が育まれる。『ポケットマルシェ』のような直販のおもしろいところは、通常の市場取引は等価交換の原則の上に成り立っていて、その取引が成立した途端に、買う側と売る側の関係性が切れるのですけれども、『ポケマル』の場合、実は、不等価交換なのですよ。余剰のやり取りが、両者のあいだに生まれる。たとえば、生産者の側は、『今、畑から収穫してきたトウモロコシを送りましたよ』という具合に、お客さんに、発送完了の連絡をしなければならなくて、これは、本来、手間じゃないですか。だけれど、ここに手間と時間をかけると——『手間』と『時間』という漢字にも『あいだ』という文字が入っていますけれど——お客さんとのあいだに、人間関係が育まれる。つまり、そのかけた手間と時間の分だけ、差分が生まれるのですね。だから、不等価交換になる。そして、対価を払った以上の余剰を受け取ると、人間というものは不思議と、今度は自分から返したくなるものです。だから、『もう一度、この人から買いたい』とか『友だちに草の根で伝えよう』とかね、自然とそういうふうに感じるようになることが多い。たとえばね、『ポケマル』の場合、お歳暮の時期になると、お客さんのほうが生産者さんに向けて、お歳暮を送っていたりするのですよね。普通、逆じゃないですか(笑)。」

 

——まるで本当に、新しくできたお友だちか、田舎の親戚のおじさん、おばさんとのおつきあいのような感覚ですね。

 

高橋 「あるリンゴ農家さんの場合なんてね、そういうリピート・ユーザーのお客さんとのあいだに、自然発生的ながらも、しっかりと人間関係が育まれているのですよ。インスタグラムをはじめ、いろいろなSNSでお客さんたちとつながっていたりしますから、『この人は阪神タイガースのファンだ』とか、『あの人は将棋が趣味だ』とかわかってくる。それぞれがひとりの人間として見えてくるのですね。そうするとね、あるとき、あるリピート・ユーザーさんのところに子どもが生まれたとわかると、注文も入ってないのに、出産祝いだと言って、リンゴを送ったりしていらっしゃるのですよ(笑)。まるで親戚づきあいのようになっている。もらうほうもね、特別なつきあいの仲だと感じるようになるみたいですね。『この子のための離乳食も、この生産者さんがつくる果物にしたい』と思ってみたり。その生産者さんが、銀座にある岩手県のアンテナ・ショップに出品したときには、『出産祝いまでもらったのだから、子どもの顔を見せたい』と、子どもを連れて会いにいったりね。そうなると、もはや立派に、本物の人間関係が育っていっていますよね。そういうお客さんは、やっぱりもう、その生産者さんから離れなくなる場合が多い。拡張家族のようでもあり、親戚づきあい、友人づきあいのようでもある。」

 

——とても人間的なおつきあいであり、非常に得難い交流ですね、今のこの時代に。

 

高橋 「今の世の中に欠けているものですよね。『無縁社会』と言われていますけれども、人間の特徴である縁を結ぶのが非常に難しい時代になっていますから。かつてのような地縁や血縁、あるいはどこかの会社の社員であるとか、そういうつながりだけでは、人間同士の縁を十分に結ぶことが難しくなっている。そんな時代にね、新しい縁の結び方のひとつとして、自分の生存、生活を支えてくれる人とつながっていくということは、人の生きる歓び、生きることのリアリティの再生に、つながっていくと思うのです。」

 

——私も、神奈川、東京、千葉と、ずっと首都圏で育って暮らしてきて、今、完全に、ひとり暮らしなのですね。そういう人間にとっても、つながりの育まれる方から食べものを買わせて頂くというのは、たいへん魅力的な営みに思えます。つまり、消費する側にとっても、望ましいプラスアルファが存在しているなと。

 

高橋 「都会もね、単身者が増えていますよね。たとえば、横浜市は、今や単身世帯が全体の4割を超えるという、日本の近世始まって以来の事態を迎えていて。400万人都市の4割ということは、およそ160万人がひとりきりで生活されている。『孤独解消担当大臣』というポジションが創設された最初の国は、イギリスです。イギリスでは、孤独に起因する年間の経済的損失は4兆円相当だと試算されていて、まさに国を挙げて、孤独の問題に立ち向かう最初の国になっていった。それで、実は、『孤独解消担当大臣』が2番目に設置された国は、わが国、日本なのですよね。なので、まさにおっしゃるとおりで、生産者のためにもなるけども、他方で、消費者のためにもなる。『ポケマル』は、そんな双方向性のサービスとして機能しているのではないかと思うのです。」

 

——そういうたいへん人間的な付加価値が、今、この時代、2024年の世の中に提供されているということが、一方で、たいへん驚きに値すると思いつつ、同時に、他方で、まさに、今、求められているものなのではないかなという気もします。

 

高橋 「これが、実は、僕らのビジネスモデルの根幹なのだと思います。理念的なだけじゃなくて、情緒的でもあるモデルですね。『関係性マーケティング』とか『ファン・ベース・マーケティング』という言葉がありますけれど、やっぱり、長期的に継続して買ってもらえているということは、ビジネス上の強みにもなっていきますしね。『ポケマル』の場合、サービスを購入するリピート率が非常に高いのでね。」

 

——「ポケットマルシェ」のアプリ・ページを見ていると、とにかく、旬の新鮮で美味しそうな食材で溢れかえっていて、ついつい、あれもこれもと、たくさん注文したくなって、嬉しい悲鳴を上げてしまいそうになります。トップページには、いろいろな切り口の企画記事やスタッフによるコラム記事も掲載されていて、それらを読みながら、何を注文しようかなと選んでいくのもとても楽しいです。ある意味、雑誌的。多様なトピックを設けてのコーナーの見せ方、コミュニケーション重視の姿勢があって、それがうまく機能しているのがよくわかります。

 たとえば、1月半ばの現在は、「生産者さんからの産地直送福袋ポケマル2024」「2023年生産者ランキング 総合部門、果物部門、水産部門、野菜・米・茶・花部門、畜産部門」「冬の魚介」「甘さの濃淡が楽しめる! カラフル柑橘」「野菜が主役の定期便」「王道フルーツ定期便」「にっぽんのチーズ定期便」「訳ありポケマルシェ:規格外、販路がない、賞味期限が近い」など、多数の切り口で多彩なコーナーが並んでいて、飽きさせません。こうしたアプリの構成も、まさにコミュニケーションを重視なさるビジネスモデルが土台にあってのことだろうなと感じさせられます。

 

高橋 「結局ね、スマートフォンのアプリは、最高のコミュニケーション・ツールになりうると思うのですよ。関係性というものは、回数を重ねるごとに育まれていく。人間誰しも、生きるためには食べるわけです。1日3回も食べる。これが家電製品の売り買いだったら、そもそも、その製品の耐用年数が5年、10年あるわけで、そこで生産者と消費者が、密で持続的な関係性を育てていけるかというと、難しいですよね。けれども、食の場合、毎日、毎年続く営みですからね、いろいろな方向に関係性が育ちうる。その関係性は、生産者と消費者のあいだの関係性だけでなく、たとえば、自然との関係性も含まれうる。昨今では、都会では、食べものや季節の『旬』の感覚が薄れていますけれども、『ポケットマルシェ』を見て頂くと、旬の食材を紹介するコーナーがあったりしますのでね、自然との関係性も取り戻せる。

今の時代は、食の世界でも、栄養補給のみを目的とする工業のようになりがちですよね。『工業的食事』と、僕は呼んでいるのですけれども。いわば、車にガソリンを給油したり、スマートフォンのバッテリーを充電したりするのと変わらないような食事ですませている方も少なくないですよね。そうなると食事もコモディティ化して、『モノ』の消費と同じで、安ければ安いほどよいとなりますよね。けれども、本来、食の世界って、百花繚乱で多様性に溢れていて、人間関係も自然との関係も育んでくれる、そんな楽しい世界なのですよね。」

 

——そう。まさにそういう豊かな体験をさせてくれるプラットフォームですよね、「ポケットマルシェ」は。

 

高橋 「でもね、もともと豊かだった世界が、見えなくなっていただけなのですよ。『ポケマル』を通じて、また見えるようになっただけでね。まあ、田舎では、今でも、旬の食材が採れると、近所に配ったりしていますからね。それを、スマホの力を借りて、物理的な距離の壁を超えて、遠くに住む都会の人たちに対しても、同じことをできるようにしたというだけでね。」

 

「ポケットマルシェ」内の商品ページから。

 

 

土地や人をかきまぜて

力を最大化していきたい

 

——現在の社名「雨風太陽」には、どのような思いが込められているのでしょうか? とても素敵なお名前ですが。

 

高橋 「《雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち》というフレーズを聞いたことがありますか? 誰の言葉でしょう(笑)?」

 

——ええっと、聞いたことはありますが、どなたの言葉でしたっけ? 二宮金次郎とか?

 

高橋 「惜しい(笑)! 宮沢賢治の言葉です。彼は花巻の人で、僕も花巻の人間。なので、彼の言葉から頂きました。それに、雨と風と太陽がないと、作物は育たないじゃないですか。どんなに種を蒔いても、雨が降らなければ、風が吹かなければ、太陽が照りつけなければ、作物は育たない。その土地の力を引き出すのが、雨、風、太陽なのですよね。そういう社会的存在に、僕らもなりたいという思いを込めています。その土地が本来持っているものとは、自然や人間の力。そうした力が発揮されるように、僕らは土地や人をかきまぜて、土地が持つ力を最大化していきたいのです。」

 

——なるほど。やはり、とても魅力的なネーミングですね。

 「ポケットマルシェ」や「食べる通信」の食の事業に加えて、ソーラー・シェアリングなどの電力事業も展開していらっしゃいますが、これはどのようなきっかけと理由からスタートされたのですか?

 

高橋 「人間が生きていくうえで、基本的に、いちばん大事なのは、食べものとエネルギーだと思うのですね。それらをつくりだしている多くは地方の町であり、消費している大半は、東京をはじめとする都市部です。その関係性を見えるようにしていく。生産者と消費者の接触面積を拡大していきたいと思ったのです。つまり、食と農だけでなく、電力についても、どこの誰がつくったのかを理解して選んで使えば、食と農で起きたのと同じようなポジティヴな化学変化が起きるのではないかと考えた。生産者にとっても、畑の上にソーラー・シェアリングの装置を置いて、食べものをつくると同時に、電力もつくることができ、収入が増えるメリットもあります。」

 

——「自然の中で生産者と触れ合い、『生きること』を学ぶ機会をつくる『地方留学事業』」も手がけていらっしゃいます。この事業を開始なさった理由ときっかけについても、教えていただけますか?

 

高橋 「食べものと電気は地方がつくっていると言いましたけれども、さらにもとを辿ると、本来、人間をつくっているのは、自然だと思うのですね。自然は、食べものや電力をつくるだけではなく、人間もつくる。ところが、今の時代、帰るべきふるさとがないという人たちが、いっそう増えています。そうすると、自然に触れる機会もなくなっていってしまう。子どもたちも、夏休みでも、都会の自宅で、YouTubeを観たり、ゲームをしたり、塾に通ったりするしかない。もちろん、そういうことも、彼らが世の中を渡っていくうえで大切になる能力を養ってくれる部分もあるのかもしれないですけれど、やっぱり、それだけでね、果たして、人間が人間らしく生きていく、その土台が十分につくれるかというと、僕は、難しいだろうと思っていて。やはりね、都会の生活だけでは得がたい教育的な価値を、田舎の自然環境というのは、持っているだろうと思うのです。親子で、地方に、一週間、来てもらうと、子どもたちに、都会に住んでいても、教科書だけでは学べないこと、たとえば、生きるとは何か、命とは何か、助け合って生きるとは何かというようなことを、まさに自分の身体を動かしながら、体感して学んでいってもらえるのではないかと、そういう期待からやっている事業なのですけれどね。同時に、生産者の側に立つと、自分たちの生活環境や生産空間も、学びの場として価値があり、都会の人に提供できるということで、収入を増やしていくこともできるわけです。

子どもたちに、田舎での暮らしや実際の農作業の体験をさせたいという親御さんは、とても増えていると思いますね。そういう親子が、地方と都会を結ぶ『関係人口』になっていってくれたらよいなと期待しています。実際、田舎に親御さんの実家でもないかぎり、地方と『関わる』きっかけや機会は得られないのですよね。

都市はね、長らく、地方を消費してきたのですよ。最初に申し上げたように、戦後、地方の若者たちを労働力として都会に吸い上げて、移住させてきたことに始まって。観光も消費ですよね。1泊2日で、岩手県に行きました。わんこそばを食べました。中尊寺の世界遺産を見ました。帰りました。それで次に、またもう一度来てくれるかというと、もう来てはくれない。スタンプラリーのように、次は別の土地に観光旅行に行く。

だからね、消費に留まっていては、ダメなのですよ。『ポケマルおやこ地方留学』プログラムで、1週間くらい、それぞれの土地に滞在してもらうと、地域の人たちと触れ合う機会になるので、『関わり』が生まれる。人と人とが交わり、良いコミュニケーションを交わすことが可能になる。そうすると、『また、その人に会いに行きたい』と思えるような体験が生まれ、ただの消費活動を超える人間的な経験になっていく。世界的な傾向を見ても、2016年頃から、知人、友人、親族を訪ねる旅というのは、非常に拡大している分野なのですよね。リピート率が高く、客単価も高くなる傾向が強まっている。地方を消費しながら巨大化した都市のエネルギーを、もう一度、地方に還流させる流れですよね。大きな視点で見れば、『消費者』から『生活者』への移行とも言えるでしょう。生産者がつくったものを生かして生きることにつながっていく。」

 

——ひと言で言ってしまうと、人間が人間らしく戻るということですね。

 

高橋 「ああ、そういうことですね。」

 

——このプログラムは、親子限定ですか? 都会に住まう単身者なども参加してもよいのでしょうか?

 

高橋 「今はまず、親子留学から始めていますけれど、いろいろとご要望も頂くので、将来的には広げていく可能性も考えています。外国からいらっしゃる方々なども含めて。」

 

——これまでこの体験型留学滞在に参加された方々の声で、とくに印象深かったものがあれば、教えていただけますか?

 

高橋 「子どもがね、帰りの新幹線に乗るプラットフォームでね、『帰りたくない』と泣くそうなんですよね。『岩手に移住したい』という声も頂きますね。

子どもって、やっぱり、都会にいるときは、人も多いから、ちょっと騒ぐと『静かにしなさい』というふうに、いつも怒られていたりするのですよね。迷惑をかけるといけないから。だけど、子どもというのは、本来、騒ぐものじゃないですか。田舎に行くと、過疎で迷惑をかける相手もいないし、年寄りが多いから、『久しぶりに子どもの声を聞いた』と、逆に喜ばれる。いわば、田舎は、子どもが子どもらしくいられる場所なのですよ。今の子どもたちの多くが、ほんの幼い頃から、大人の評価の眼差しに晒されていて、どう振る舞えば大人たちに評価されるのかを、無意識のうちに考えているのでしょうね。それが、子どもたちを、必要以上に大人びさせていく。だけれど、田舎に行くと、評価の眼差しを向けられることもないので、のびのびと自己表現をするようになっていくのですよね。だから、『うちの娘が、これまでぜんぜん自分の内面を表現することなんてなかったのに、この留学で、たった1週間のあいだに、ものすごく表現するようになった。この子って、こんな子だったのかと、新たな一面に気づかされました。ふだん、都会では、窮屈な生き方をさせていたのだと気づきました』というようなことをおっしゃっていた親御さんもいましたね。」

親子で生きものが食べものになるまでを学ぶ会員サービス「ポケマルこども食育クラブ」の案内ページ。会員になると、毎月、ひとつの食材を取り上げ、その食材がどうやってつくられるかを学べる月刊誌『こども食べるしんぶん』が届く。購読料は、月額わずか550円(税込・送料込)。

 

「ポケマルおやこ地方留学」の案内ページより。

以下、4点すべて、「ポケマルおやこ地方留学」の記録画像から。

2023年、北海道厚真町での様子。夏の涼しさの中で雄大な自然を五感で感じる滞在。

2023年、岩手での様子。山も海も畑も、すべてを楽しむことができる。

2023年、和歌山で。豊かな海の恵みを感じ、思いっきり遊ぶ。

2023年、京都での様子。丹後の海・山・畑で、農家さん・漁師さんから自然を学ぶ。

 

ソーラーエネルギー設備の例

 

 

「関係人口の創出」に向かって

 

——「地方留学」事業のためのJALとの連携をはじめ、他の企業との協働や、さまざまな地方自治体などの行政へのコンサルティング事業なども、多数手がけていらっしゃいます。こうした協働事業には、今後も力を入れていかれるのでしょうか?

 

高橋 「結局、総力戦が必要だと思うのですよ。日本は人口が急速に減ってきている。今後もその厳しい状況は続くだろうと。そうしたらもう、ひとりひとりの発揮できる力を最大化するか、もしくは、人と人、企業や行政との関わりの力を、最大化していくしかないわけですよね。だから、どんどん積極的に、やれることは力を合わせてやっていくしかない。

もうひとつ問題なのは、この国には、長らく、ヴィジョンが存在してこなかったことだと思うのですね。第二次世界大戦で敗戦したあとに、欧米に追いつけ、追い越せで、まさに経済復興、一にも二にも経済をと、推し進めてきた。それについては、ある意味、見事に成し遂げて、『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』とまで言われた時代もあった。そこまでは良い。問題はそのあとで。高度成長から安定成長に移行すべきときに、日本の場合、本来、なるべきだった成熟社会に到達しそびれてしまった。ここが問題の本質だと思うのです。そこからどこを次に目指してゆくべきかのヴィジョンを持たないまま停滞して、いまだに、経済成長を最優先しようとしている。もうそれでは立ち行かない時代にとうになっているのにね。

僕が、『都市と地方をかきまぜる』とよく言うのは、それがこれからの日本社会に必要なヴィジョンだと思っているからです。そして、それは、われわれだけ、小さな一企業だけでは実現できない。もっと壮大なスケールでの社会的なシフトが必要なものなので。だったら、そのヴィジョンに共感してくれる人たちを集めていくしかない。日本航空さんの場合も、地方が廃れてしまうと、将来、運ぶお客さんもいなくなってしまう。彼らも、中期経営計画の中に、『関係人口の拡大』を盛り込んでいます。それで、われわれと目指す社会が一致しているので、一緒にやろうとなりました。基本的には、そういう広め方ですよね。同じ危機意識や解決したい思いが共有できるので成立していく。

自治体に関して言いますと、『地方自治体』と呼ばれていますけれど、『自治』なんてしてきたところはほとんどないのが現実です。いわば、都市に依存して、国政の税制を通じて分配された税金で、地方公共サービスを提供してきたという戦後の長い歴史があり、『地方公共団体』になってしまっていたわけです。ですが、これからは、本当の『地方自治体』にトランスフォームしていかないと、もう立ち行かない時代になっているのですね。もはや国に依存できないし、都市も、これからは高齢化で社会コストが増していくので、地方の面倒まで見ていられないわけです。そういう時代に、いかに地方は、自分たちの社会を維持していくのか。そのための人手を確保していくのか。どうやって自分たちの手で稼ぎ、自立していくのか。それが問題の核心です。

今まで経験したことのないような事態に対処するわけですから、もちろん、やってみなければ、結果はわかりません。それでも、僕たちは、その解決のための手助けをしていきたい。そのために必要なのが、『関係人口の創出』です。」

 

——まさにその「関係人口の創出」というお考えを、御社のウェブサイトで拝見し、とてもリアルで、感銘を受けました。このお考えについて、詳しく教えて頂きたいのですが、まず、読者のみなさんのために、以下、ちょっと長くなりますが、この「関係人口の創出」とはどんな考え方なのかについて、御社のホームページから一部引用し、ご紹介させて頂きます。

 

「人口減少が続く日本社会において、2022年に1億2,600万人いた人口は、2050年には2,000万人減少し、1億500万人になると考えられています。

 人口の減少は、地方に大きな影響を与えます。働き手の減少や都市圏への人材の流出が続けば、その地域の活力を失うだけではなく、魅力ある自然・歴史・文化までもが失われてしまう恐れがあります。

 そこで鍵になるのが、関係人口であると、当社は考えます。地方と関わる人が増え、都市からの人の往来が増えれば、経済活動は活性化し、その地域は持続可能に近づきます。

 現在、国土交通省の統計によると、三大都市圏に住む約4,678万人の18.4%にあたる861万人が、地域と継続的にかかわりを持つ関係人口とされ、その経済効果は年間約3兆483億円と試算されています。当社が目指す、「2050年に全人口の約20%にあたる2,000万人が関係人口となる」ことで、期待される経済効果は約7兆808億円。

 魅力ある地方を、そして、多様な日本社会を残すために、当社は関係人口の創出に取り組んでいきます。」

 「2,000万人の関係人口の創出を達成するために、当社では事業を通して”生産者と消費者のつながり”を創り出していきます。そしてそのつながりが、地域と多様に関わっていく関係人口になっていくと期待します。

 そのために、「顔の見える流通金額」「生産者と消費者のコミュニケーション数」「都市住民が生産現場で過ごした延べ日数」という関係人口創出に紐づく3つの指標を、”生産者と消費者のつながり”を示す数値として、財務諸表と同様の重要性を持って企業活動を進めていきます。」

 

 各数値についての脚注はここでは割愛しているので、正確な全文は、雨風太陽様のホームページをごらん頂きたいのですが、「関係人口の創出」という考え方の重要性は、この引用から察し取って頂けたかと思います。そこで、もう少し噛み砕いて、このヴィジョンについて教えていただけますか?

 

高橋 「その地方にはないスキルやアイディア、ネットワークを持っている都市住民の人たちがね、その地域に関わる動きをしていけば、地方が自立をしていくための最初の一歩になる。われわれとしても、そういうお手伝いをしていきたいと思っているということですよね。すべて、『この指止まれ』でね、僕らの『都市と地方をかきまぜる』という理念に共感してくださる企業や自治体を集めて協働し、生産者さんたちやお客さんたちとも一緒になって、やれることをやっていきたいと思っています。

『関係人口の創出』について言うと、『水を得た魚』。これが関係人口の本質なんですよ。水がないと、魚は飛び跳ねることができないですよね。やっぱり田舎の人たちって、いつも同じ顔ぶれで生きていて、地方は今、非常に固定化してしまっているのですよね。もちろん、安心して高齢者が生きていくうえでは素晴らしいことですけれども、新しいものは、なかなか生まれませんよね。それが嫌で、若い人たちは都会に出ていく。やっぱり、人間というものは、異質のものと出会ったときに、視野が広まって、新しいアイディアやモチベーションも生まれていく。新しい出会いからしか生まれないものがね、あると思うのですよ。

何か新しいことをやってみたいなと、おじいちゃん、おばあちゃんが呟いてみても、そんなの無理に決まっているだろうと、みんなから言われて、諦めてしまう。そうなるともう、一種の引きこもりになって、町自体も引きこもっていく。そこで待ち受けるのは、もはや『死』ですよね。そんなときに、都会からやって来た若い人たちと出会って、『実は、こんなことをやってみたいと思っていたんだよね』と、ポロッと本音をこぼしたら、『それ、おもしろいじゃないですか! 今はこれこれこういう技術もあるので、私がお手伝いするから、一緒にやってみましょうよ』というような具合に肯定されたとき、その人は、『水を得た魚』になっていくのですよ。都会からやってきて自分を肯定してくれた人が水になって、その人は飛び跳ねて泳いでいくことができるようになる。逆も然りでね、その都会からやってきた人だって、都会でひとりで干上がっていたのかもしれない。その人にとっても、田舎の人が水になるわけです。お互いが出会い、関わり、一緒に何かをやってみようとなることで、ふたりともに、水を得て、新しいやり甲斐、生き甲斐を感じられるようになっていったら、すごいことですよね。

だから、これから日本は総人口が確実に減っていくわけだけれども、どんなふうに減っていくかが大事だと思うのですね。なんの関わりも生まれないままに、ただ人が減っていったら、待ち受けるのは『死』です。けれども、たとえ人口は減っていっても、人のあいだに関わりが生まれ、ひとりひとりの発揮する力が最大化されていけば、逆に、それぞれの人生は、より充実していくでしょう。つまり、今後、関係人口を創出していけば、人口は減っても、人間や社会の活力は増すのではないかというのが、僕の関係人口についての考え方です。」

 

——昨年12月には、東証グロース市場に上場なさいました。日経新聞の報道記事を拝見しましたが、「NPO法人にルーツを持ち、社会問題に影響を与えるソーシャルインパクト型スタートアップの新規株式公開(IPO)は初めてとみられる」と記載されていました。なぜ、今、このタイミングで、上場なさったのですか?

 

高橋 「そうですね、企業活動というものは、本来、安定した社会と環境があって、初めて成り立つじゃないですか。ところが、企業が短期的な利益をひたすら追求してきた結果、社会が不安定化し、環境を破壊してきたという反省から、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)やESG(Environment, Social, Governance:環境、社会、企業統治を考慮した、長期的な視野に立つ、企業の経営・事業活動や投資活動の総称)の考え方が生まれてきて、これからは、当然のこととして、企業も、社会と環境に配慮しながら経済活動をしなければいけない時代になったというのが、今の時代の世界的な潮流ですよね。日本も、遅ればせながら、そういう企業理念が少しずつ広がってきた。僕らも、これまでは、『良いことをやっているけれど、ボランティアやNPOの延長線だよね。企業活動になっているのか』と、言われることが多かったのですよね。『社会性と経済性の両立なんて綺麗事だ』とね。

けれども、そう言っているかぎり、社会は変わっていかない。良いことをやって、かつ、儲けが出せれば、やろうという人も増えるでしょう。両立できるのだと、誰かが証明していかないといけない。じゃないと、社会がもう、続いていかないですよね。ならば、僕らが先陣を切ろうと。今回の上場で、若い起業家の方々からも、『共感した』『勇気をもらった』というような言葉をね、ずいぶん頂戴しました。僕ら1社だけでは到底無理なことも、2社、3社と続いて、いずれそれが10社、100社となっていったら、社会って変わっていくものでしょう?

タイミングとしては、ようやく日本でも、スタートアップの強化や社会課題の解決を成長のエンジンにしていってくれと、政府も言い始めたところで。行政やNPOもやる、加えて、株を買ってもらって民間企業もやる。そうなれば、社会課題解決の幅が広がっていくとね。まあ、タイミングが合ったということですよね。」

 

——最後に、今後、とくに力を入れていきたいプロジェクト、あるいは、あらたな事業展開の夢など、なにかありましたら、教えてください。

 

高橋 「これまでやってきたことを続けて、さらに力を尽くしていくだけですね。僕らのやってきたこととは、いわば、『地方へのパスポートを手渡すこと』です。今はまだ地方に関わりのない都市住民の方々が、産地直送の新鮮な旬の食材を手に入れることができるルートを拓き、同時に、その食べものをつくった地方の生産者たちと出会い、交流できるようにする。親子で、田舎に滞在し、そこに暮らす人たちと出会う機会を提供する。でもね、それだけでは、まだ不十分なのですよ。田舎には、まだまだリソースも人手も、不足している。つまり、都会に住まう人たちに、より深く、地方に関わっていってほしいのです。それが着地点です。その着地点をつくっていくために、僕らは、全国各地の地方自治体と協働していく。たとえば、それは、多拠点居住のための町づくりであったり、あるいは、地方でのワーケーションや週末副業を振興する事業であったり、いろいろなかたちで展開しうると思っています。

言い換えると、僕らの事業には、いわば、3本の柱があるのですね。1本目は、入口に当たる『ポケマル』や『食べる通信』の食材系サービス。ここを拡大しながら、2本目の地方留学事業も広げつつ、そして3本目、出口に当たる、各地の自治体や企業との協働事業も拡大させていきたい。そして、最終的には、2050年までに、2000万人の関係人口を創出するというのが、われわれの会社としての目標です。

実際に、僕らの『食べる通信』を最初期からサブスクリプションしてくれてきた東京の女性でね、10年くらい経って、あるとき、『私も、観客席から離れて、現実のプレイヤーになります』と言って、東京と岩手での2拠点生活を始めて、岩手の住田町で教育事業にプロボノで携わるようになったお客さんもいますよ。都会と田舎との二者択一ではなくて、都会に足場を置きつつも、持続的に、日常的に、季節やライフステージに応じて、より頻繁に、地方と関わっていくやり方です。

今はまだ、都市に住んでいる人びとのごくごく一部が、地方とのそうした関わりを持っているだけですが、都市と田舎の両方に拠点を持つ人たちが、ある分岐点を超えるくらいのボリュームでもって増えてくれば、大きな社会変動は起こりうると、僕は思っています。やはり、人は人と出会うことによって、成長していくし、新しいアイディアも生まれていくものだと思いますからね。期待をもって、がんばって、僕らは僕らの3本柱を育てていきたい。」

 

——なるほど、よくわかりました。

 加えて、都会に住んでいる人間にとっては、地方に住まう人と出会うだけではなく、自然と出会うことも、実はとても大切なことなのではないかなと、個人的に、ずっと首都圏に住んで人生を送ってきた人間のひとりとして感じます。豊かな自然と触れ合いながら暮らすという経験は、都会住まいをしているだけだと、どうしても得られない経験なので。人間って、ある程度、自然と触れ合って生きていないと、どこかでメンタルに限界が来ると言いますか、ちょっとおかしくなってしまう部分があると思うのですよね。先ほどの子どもたちが田舎ではのびのびできるというお話と通じると思いますが。

 

高橋 「ああ、それはそうでしょう。だって、人間も自然の一部なのですからね。自然の中に行けば、気持ちが安らぐのは当然で。365日、何年も何十年も、ずっと都市で人工物に囲まれて生きていたら、生きものとして変調をきたすのは、当たり前の話で。それで、たまに、自然のある土地に行って、キャンプをしたり、登山をしたり、海で泳いだりとしたくなるのでしょうが、それをね、もっと日常的に、頻度を上げてやっていこうよというのが、『都市と地方をかきまぜる』という考えの核心です。」

 

——私的な感想を続けて恐縮ですが、私は、生まれてからずっと神奈川、東京、千葉で暮らしてきたのですが、20代の頃に、5年間ほど、イギリスで暮らしていた関係で、イギリス人やフランス人など、ヨーロッパ人の友人も多いのですね。彼らはふだんは都会に住んでいても、毎年、夏には必ずバカンスを取って、自然のある土地に行く。フランスでは数週間、必ず夏季休暇を取るようにと、国の法律で決まっていますしね。そんな生活を見ていると、成熟した市民社会の人間らしい生活を送るための基盤が、日本よりもずっと整っていて、これが先進国というものだよなあ、日本ももうとっくに、より人間的に成熟した社会への道を歩んでいってよいはずなのにと、うらやましく思ってしまうのですよね。

 

高橋 「そうですね。ヨーロッパにできて、日本にできない理由はないのですからね。まさにそういうことだと思いますよ。ズバリ、ひと言で謳い文句に要約すると、『われら人間ぞ!』(笑)。僕らがこれから追い求めていくべきことは、そんなふうに僕らが主張できる社会の実現ではないでしょうか。」

 

——良いですね、そのキャッチフレーズ(笑)!

 今日は、長時間、貴重なお話をありがとうございました。

 

 

 

 

 

⚫︎株式会社雨風太陽ウェブサイト

https://ame-kaze-taiyo.jp

⚫︎「ポケットマルシェ」ウェブサイト

https://poke-m.com

⚫︎「食べる通信」ウェブサイト

https://taberu.me

⚫︎「ポケマルおやこ地方留学」ウェブサイト

https://oyako.travel

 

 

2024年1月10日収録。