“私たちの会社が提供するものとは、
お客様が細胞性の製品をつくれるようになるための、
一切合祭です。
それは、食品だけでなく、皮革や化粧品や材木など、
なんでもかまわない。
『細胞農業インフラ』と喩えたりするのですが、
いろいろなところで、いろいろな方が、
細胞培養技術を使えるようにする。
そういう状況をミッションとして掲げ、
目指しているのです。”
神奈川県藤沢市に本拠を置き、近い将来に訪れると予測されている、全世界的な「タンパク源不足問題(タンパク源クライシス)」という社会課題を解決するべく、「大量細胞培養技術」により、安全な培養肉などの食品や原料をつくり一般家庭に供給する「細胞農業事業」を研究・開発するインテグリカルチャー株式会社。東京・品川のサテライト・オフィスを訪れ、創業から現在、そして今後の展望を聞く。
取材・構成=川出絵里、シニア・エディター、『RPA MEDIA』
INTERVIEW & EDIT BY ERI KAWADE, SENIOR EDITOR, RPA MEDIA
インテグリカルチャー 代表取締役CEO 羽生雄毅
All the images: Courtesy of IntegriCulture Inc.
細胞培養技術で
「タンパク源クライシス」を
乗り越える
——御社のホームページを拝見した第一印象で感じたのは、まずなによりも、専門知識のないひと、ふつうのひとにとってもわかりやすいよう明快に、御社の掲げるミッションやモチベーションのストーリーを、インフォグラフィックスやマンガで、とても効果的に伝えていらっしゃるという点でした。アクセシビリティという点で突出なさっているなと。
まず冒頭に問いがあって、「インテグリカルチャーは、何を目指し、何をつくろうとしているのか? ここでは3つのストーリーで、その未来を紹介します」と始まります。
最初のストーリー「Story A – 社会課題を解決するために」では、「お肉をつくることは、実はとても地球に負荷をかけている」というタイトルのもと、「近い将来、『タンパク源クライシス』は明確な人類課題として私たちの前に立ちはだかります。そうなる前に『大量細胞培養技術』によって安価な培養肉の一般家庭への供給を可能とするのが、インテグリカルチャーの目標です。ここでは食肉にまつわる社会問題、地球規模の環境問題などをわかりやすく解説します。」というように続きます。
クリックして、さらに詳しく読むと、「『動物のエサ』は35億人分のカロリーに等しい」という小見出しがあり、「現在、世界の作物が生産するカロリーの36%が動物用飼料として消費されています。また、世界の農地の8割以上は何らかの形で畜産業に使用されています。例えば牛肉1㎏を食肉として生産するために、24㎏の飼料、数万リットルの水が必要とされるのです。」と、説得力をもって、具体的な数値とともに、説明を受けます。
そして、肉の消費量が世界的に急増していること、実はその主要因は人口増加ではなく、新興国の経済発展にあること、漁業資源も枯渇傾向にあることなどが解説され、「10年後といったようなごく近い将来、地球ではタンパク源の奪い合いが始まる可能性が――いえ、もう始まっているかもしれないのです」というちょっと衝撃的な警鐘が鳴らされます。
その後、「肉も魚も厳しい……となれば肉や魚を一切食べないという選択肢も考えられます。実際に近年では肉を食べない食生活に関して興味を持つ人々は急速に増加傾向にあります。しかし、すべての人々が、現在の肉や魚という食文化を捨てられるわけではありません」という現状分析のまとめが入り、そうして「肉そのものを細胞培養でつくろう」という御社がたどりついたソリューションの提言がなされ、「細胞培養肉の資源効率は35%。現在の牛肉が3%ですから、比べるとかなりの高効率と言えます。環境への負荷も98%削減できるとの試算が出ています」というように、「細胞培養肉」が持つ大きなポテンシャルについての説明が、結論を支えて説き明かされています。
最後に、「細胞培養肉に経済性があることを示している様々な試算がありますが、環境の悪化を最小限に抑えつつ、安定した食糧生産を経済的に可能とする未来を、インテグリカルチャーは目指します。人類課題を解決するプロセスは、同時に潜在的な巨大マーケット開拓の可能性をも意味するのです」と結ばれています。
以上、まずは読者のみなさんにもリアリティをもって、御社の手がけていらっしゃる培養肉の研究・開発事業と、それを取り巻く現状の社会的課題について理解して頂けるよう、かいつまんでご紹介させていただきましたが、この課題と解決策の現状と今後の展望について、なぜ御社の研究・開発が急務なのかとともに、要点を詳しく教えていただけますでしょうか?
インテグリカルチャーのウェブサイト冒頭に掲げられた「3つのストーリー」への導入イメージから。
羽生 「当社のウェブサイトの冒頭に掲げられた、あれらの『3つのストーリー』については、当社が本格的に始動した当初の2018年に、まずは、一般の方々向けに、私たちの置かれている状況と目指すところをわかりやすくお伝えしようと思って、つくったものなのです。ですので、メッセージとして、培養肉や細胞農業そのものについて、その必要性を訴えかける内容にしました。
1番目のストーリーは、今、ご説明くださったとおりのものです。2番目のストーリー『食文化を創生するために:近い将来、自分でお肉をつくれるようになったら、きっと楽しい』では、いろいろなお肉や魚肉の味を活かしたレシピや、ひとりひとりの健康状態のニーズに合わせた栄養素を盛り込んだレシピなど、『デザイン・ミート』の機能性や魅力について紹介しています。
最後の3番目のストーリー『新しい生活を提案するために:お肉だけじゃない、未来のライフスタイルの変化』は、最高級和牛の細胞肉の物語をマンガで伝えたものです。コストを抑えて、新鮮で、味もおいしい。ひいては、『月面植民基地用の培養肉プラントのエピソード』など、近未来的なエピソードも登場させた内容です。
広く、専門知識のない一般の方々にもわかりやすく、私たちのヴィジョン、やっていきたいことを伝えるという目的には成功していると思います。ただ、今ではもう、ビジネスとして成長して、当社のサービスや商品もいろいろと展開していますので、ホームページもアップデートして、今後は、それらについてももっと紹介していかなければならないというのが現状の課題です。」
——なるほど。「タンパク源クライシス」の問題について、現状、そして未来にわたって、どの程度深刻な問題なのか、もう少し詳しく教えていただけますか?
羽生 「『タンパク源クライシス』について補足しますと、現実的には、もうすでにかなり進行していると思いますね。食糧危機というのは、表から見えにくい問題なのですよ。たとえば、いちばんわかりやすい例を挙げると、タンパク源の不足問題は、まず、家畜の餌となる資材や小麦の価格高騰から始まります。つまり、肉をつくるためのコストが上昇する。そのうちに、それがほかの資材の高騰にも連鎖していき、気づいたときには、食料品や物の値段が全般に上がっていて、生活水準が逼迫し、社会が不安定化してくる。そういう状況が、数十年かかってじわじわと深刻化していくものです。なので、たとえば『タンパク源クライシス2030年問題』というようにはならず、言ってみれば『タンパク源クライシス2010年から2060年問題』という具合に進展していくのです。ですので、私たちのやっている事業は、『タンパク源クライシス』がより深刻化していく前に準備して、解決策を用意しておこうという性質のものなのです。」
――なるほど。すでにかなり前から、もう始まっていると。
羽生 「そうですね。しかも、何も解決策が提示されなければ、もちろん数十年間の問題では終わらず、その後も続いていくでしょう。」
――怖いですね。正直な話、御社のホームページを拝見するまで、お肉を食べることが、そんなにも環境に負荷が高い行為だとは、まるで知りませんでした。そして、新興国の経済成長もこの問題に絡んでいるとも、知りませんでした。
羽生 「みんな、豊かになると、お肉を食べ始めますから。その傾向は、現在の『タンパク源クライシス』の状況に至った、ひとつの大きな要因としてありますね。新興国の多くでは、現時点でも、主要なタンパク源は植物由来のものです。つまり、相対的に環境負荷が低いエコロジカルな食生活が主流ですが、今後より豊かになれば、肉食もさらに増えていくでしょう。」
細胞農業統一基盤
『Uni-CulNet(ユニ カルネット)』構想と
『CulNet system(カルネット システム)』
――御社の開発されたテクノロジー「CulNet system」について、いったいどのようなシステムで、どのように研究・開発され、現実に活用されているのかについて、詳しくお聞かせいただけますか?
羽生 「私たちの会社では、細胞農業統一基盤である『Uni-CulNet(ユニ カルネット)』という構想を掲げていて、これは『CulNet system(カルネット システム)』を細胞培養の基本インフラとしてご提供し、細胞培養が国内外に広く普及することを目指す構想です。
『CulNet system』は、汎用性の高い、低コスト細胞培養プラットフォーム技術で、動物細胞で構成される食品、皮革をはじめ、さまざまな分野でご活用頂けることを目指しています。この『Uni-CulNet』構想では、ふたつの具体的な細胞培養ソリューションをご用意しています。ひとつめは、『CulNet パイプライン』です。これは、『CulNet system』を用いた個別企業様向けの細胞農業商用化ソリューションです。もうひとつは、基礎培地『I-MEM(アイメム)』のご提供です。
『CulNet system』は、私たちの会社が独自開発した、動物体内の臓器間相互作用を模したシステムです。私たちは、ラボスケールの実証実験において、『CulNet system』による血清様成分の作出に成功しました。これにより、細胞培養で必須であるとされていたFBS(ウシ胎児血清 Fetal Bovine Serum)や成長因子を添加しない、細胞培養を実現したのです。FBSは、コスト、アニマル・ウェルフェアの両面において課題があると認識されており、代替が求められています。『CulNet system』は、FBSや成長因子を添加しない『低コストな細胞培養』の実現をする、細胞農業のプラットフォーム技術として期待されているのです。
私たちの会社では、2022年の春に、臓器間相互作用を原理とした『CulNet system』で無血清基礎培地を用いて、ニワトリとカモの肝臓由来細胞の培養に、世界で初めて成功しました。研究用試薬原料から、すべての原料を、機能代替とコスト低減を達成する食品原料へと置き換えることに成功したのです。これにより、世界各国の培養肉メーカーが課題としている『高価な血清を用いず食品ベースで製造した低コストな基礎培地』をいち早く実用化しました。基礎培地『I-MEM(アイメム)』は、従来、細胞培養に広く使われてきた研究用の培地に含まれるアミノ酸や糖類を食品原料で再現したものです。私たちの基礎培地『I-MEM』と『CulNet system』による培養コストは、動物血清を用いた培地の場合と比較して、約60分の1に抑えられると試算しています。
一般的に、動物細胞を培養するためには、5〜20パーセント量程度の動物血清を添加した基礎培地が用いられます。血清がないと、細胞は栄養不足に陥り、増殖はおろか、長期間、生きつづけることもできません。血清には、成長因子、アルブミンをはじめ、数百種のタンパク質が含まれており、細胞の増殖には、血清の成分が不可欠だったのです。けれども、血清はたいへん高価で、倫理的問題もあるため、現在では、世界中で、代替品の開発が競われています。従来の血清を添加した培地で1ポンド(約450g)のチキンナゲットをつくるには、3000米ドル(約45万円)もかかると言われています。
私たちの会社では、臓器間相互作用を用いて血清様成分をつくりだし、細胞を培養する技術を開発しました。それが『CulNet system』です。このシステムの一例として、複数の『フィーダー細胞』を培養するバイオリアクター(フィーダー槽)と、製品となる細胞を培養するバイオリアクター(プロダクト槽)から構成される培養様式があります。『フィーダー細胞』とは、プロダクト槽の製品となる細胞に適した血清様成分を放出する細胞のことです。ひとつのフィーダー槽には1種類の臓器細胞が入っており、複数のフィーダー槽が連結されています。すべての槽内は、糖やアミノ酸などの基礎的な栄養を含む培地で満たされ、それらを含む組織液が全体を循環する仕組みになっています。『CulNet system』の最大の特徴は、フィーダー槽が血清代替となる成分を放出しつづけることです。フィーダー細胞は、臓器間の相互作用により、自らを含む臓器ネットワークを維持しながら、プロダクト槽の細胞を増殖・成長させる培養液を製造するのです。
つまり、私たちの会社は、世界各国の培養肉メーカーが課題とする『コストを抑えた、食べられる無血清培地』をいち早く実用化し、細胞培養に成功したわけです。細胞培養技術の産業応用は幅広く、化粧品原料、皮革、医薬品などの素材開発も可能です。また、動物種は鳥類に限らず、哺乳類、魚類、甲殻類、昆虫なども対応可能です。私たちは、いわば、装置・培地・素材・製品・マーケットをつくりだす『細胞農業の総合プラットフォーマー』を目指しているのです。今後も『生物資源を技術で活かし、健やかな社会基盤を創る』という企業ミッションのもと、細胞農業のバリューチェーン構築を目指していきたいと考えています。」
同社の研究・開発の現場と「CulNet system」の記録画像より。
インテグリカルチャーが研究拠点を置く、藤沢市内の「湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)」建物外観。同社はこの中に入居し、本社・ラボを擁している。Image: Courtesy of Shonan Health Innovation Park
――なるほど、よくわかりました。革新的な技術で、壮大なヴィジョンを持って、事業展開なさっているのですね。
そして、2022年秋からは、一正蒲鉾株式会社とマルハニチロ株式会社と共同で、培養魚肉の研究・開発も進めていらっしゃいます。この研究では、マルハニチロが検証に必要な生きた魚(細胞)の提供を担い、御社が「CulNet system」を使って魚の細胞の培養技術の確立を推進、そして、一正蒲鉾が、50年以上続く事業で培ったノウハウを提供することで、水産加工食品向けに研究対象を拡大し、培養魚肉の大規模商業化生産を目指しているとのことですが、共同研究・開発をスタートなさってから一年あまり。一定の成果を得たとのことですが、商品化はいつ頃を目指していらっしゃいますか?
羽生 「今は申し上げられませんが、近い将来リリースすることを目指しています。」
SFの描く近未来の世界を
実現させる
――なるほど。こうして詳しく伺うと、御社がどれだけ革新的な事業を展開なさっているかがよく伝わってきます。最先鋭を走る御社の研究開発と事業の現状、そして今後の壮大な展望が窺えますが、もともとはなぜ、細胞培養肉に着目されたのでしょうか? 羽生代表は、オックスフォード大学で化学の博士号を取得なさっていますが、その当時から、培養肉が専門の研究領域だったのですか?
羽生 「いえ、当時はまったく違う研究をしていました。表面加工のナノテクノロジーの研究でした。その後、東北大学でのポストドクターの研究員を経て、東芝研究開発センターのシステム技術ラボラトリーに勤務しましたが、そこで携わっていた研究は、超大型の蓄電池などに関するものでした。
東芝での蓄電池の研究は仕事として行なっていたものですけれども、そもそも、私自身、子どもの頃から、サイエンス・フィクションの世界が大好だったものですから、20世紀半ばからの近未来SFの世界で描かれてきたような景色を、自分の手でつくりだしたいという想いが強くあったのですね。そこには、培養肉であったり、宇宙船や火星探査であったり、SFの世界にも、いろいろなテーマがあるわけです。東芝で蓄電池の研究開発の仕事に携わって、蓄電池で21世紀、これからの未来の新しい景色をつくりだせるというプロジェクトも、とても魅力的な仕事でしたが、やはり、蓄電池の分野は大企業が競い合う領域ですし、なにか、もっと、とんがったSFの領域のことをやってみたいと、あらためて思うようになりました。」
――失礼ですが、西暦で言うと何年のお生まれですか?
羽生 「1985年生まれです。」
――それで、小さい頃から、SF大好き少年でいらしたのですね。そして、現実に、お仕事をとおして、近未来的な夢の世界を実現させていく道をお選びになった。
羽生 「そうですね。それこそ、宇宙開拓や宇宙での農業計画などにも関心がありましたが、ちょっと、まだ、それらは時間のかかる先の未来の話ですよね。そうしていろいろと考えているうちに、『ああ、培養肉がちょうどいいんじゃないか。今がまさにスタートする良いタイミングにあるな』と思うようになったのです。」
――本当に、子どもの頃からの純粋な興味関心、探究心から、お仕事に発展していったのですね。ちょっと、そういうエピソードが、イーロン・マスクに似ていますね。彼もSF大好き少年だったのですよね。
羽生 「そうですね、それは確実にそうですね。まあ、そういう子どもは、ちょくちょくいると思いますけれどね。とにかくロマンを感じるから始めたというのが正直なところです(笑)。
ちょうどその頃、2013年の夏に、オランダで200グラムの培養肉パテがつくられてメディアの注目を集めて話題になっていたのですよね。そのときにかかった費用の金額は、なんと、当時のレートで約3000万円でした。高コストな原因は、細胞の培養に必須な培養液(細胞の栄養や有用因子が入っている液体)の単価が高いこと、そして、一度に多くの細胞を培養する技術、細胞を筋肉様に組織化する技術など、効率的な培養をするための技術が未熟であることなどの問題に起因していました。そこで、当社では、体内に似た環境を構築することで、細胞培養コストを大きくダウンさせることに着目したのです。細胞にとって良い環境は、身体の中には自然と備わっているものです。体内では臓器間相互作用(臓器が出す有用因子が、血管を通ってほかの臓器に届き、影響を与え合う機能)が構築されているため、効率よく安価に細胞の成長などを促すことができるのですね。この効率的で自然発生的な体内システムに学び、似たシステムを構築することで、一般的な培養法では突破しえなかった大幅なコストダウンを可能にしました。」
――なるほど。革新的な技術を研究開発なさったのですね。
話は戻りますが、その2013年頃のオランダでの実験のニュースをお聞きになった頃から、細胞培養肉の研究開発に携わりたいとお考えになられたのですか?
羽生 「そうですね、そのほかにもいろいろな実験が世界で行われているのを知って、それらの影響もひとつの要因としてありましたね。それで、翌年の2014年に、『Shoujinmeat』というプロジェクトを、自分でウェブサイトをつくって立ち上げました。市民科学団体としての活動でしたね。」
――精進料理の「精進」ですか?
羽生 「いえ、アルファベットで『Shoujin』です。東アジア的な思想が入っているような言葉で、かつ、英語で言いやすい名前にしたかったのです。自宅で自分の手で培養肉をつくることを目指した同人サークルでした。今でもウェブサイトは公開しているので、どなたでも検索してごらんいただけます。」
「Shoujinmeat Project」のウェブサイトより。
――ウェブサイトの記録写真を拝見していると、ほんとうにDIY感が漂っていますね。そういえば、御社のウェブサイトのトップにある3つめの漫画の「ストーリー」に、月に移住して、コロニーで培養肉をつくるぞというエピソードもありましたよね。
羽生 「そういうヴィジョンも、実はもう、この『Shoujinmeat』の頃から、ずっとあったものなのですね。」
――このプロジェクトは、おひとりで立ち上げられたのですか?
羽生 「そうですね。そしていちばん最初にやったのは、仲間集めです。僕ひとりでは、こんな壮大なプロジェクトをやっていくのは不可能だとわかっていたので。知識も、技術も、資金も、限界がある。ですので、とにかく、いろいろな分野を得意とする仲間を集めるところからスタートしました。培養肉だったり、細胞農業だったり、ゆくゆくは宇宙空間での農業展開まで視野に入れて、一緒に助け合って活動していける仲間を集ったのです。そうして、みんなでディスカッションを続けていって、ウェブサイトのコンテンツも、どんどん更新して増やしてきたのです。」
――なるほど。そして、実際に、会社を立ち上げられたのはいつですか?
羽生 「2015年ですね。会社も、当初は、この『Shoujinmeat Project』の活動がメインの事業でした。実験のための資材を調達したり、資金援助を受けたりと、法人格が必要な場面も多かったので、起業したかたちでしたね。」
――インテグリカルチャーという御社名には、なにか、特別な思いを込められているのでしょうか? 多面的なカルチャーを統合して展望するようなイメージが湧く、素敵なお名前ですよね。
羽生 「実は、もともと、子どもの頃に想像していたSF的な空想の世界の中に出てくる会社名のひとつだったのです。たとえば、『Shoujinmeat Project』のウェブサイトにも載せている、当時、シムシティでつくった300階建ての高層ビルの中の農場のイメージなどにも、すでにインテグリカルチャーという社名を付けて使っていました。」
「Shoujinmeat Project」のウェブサイトより。
――なるほど。このイメージ、すごいですね。ほんとうにSF的な世界観で展開されていますね。「こういう未来が現実に訪れたらいいな」というヴィジョンが、まず何よりも先にある感じですね。
羽生 「そうですね。そうして起業しましたが、実際に、いわゆる企業として本格的に始動したのは2018年からですね。細胞農業にフォーカスして、現在の時間軸の中で、どういう順番で、どのプロジェクトから着手していくべきなのかを考え、知的財産を生み出し、その後の産業化や社会実装までのプロセスも見据えつつ、まず培養肉の研究開発に本格的に取り組み始めました。
慎重に、まず、長期スパンでプロセスを考えていった背景には、過去の事例に対する反省もあったためです。遺伝子組み換え食品の領域で起きた、大企業による市場の独占や不買運動など、研究開発やコミュニケーションのやり方を間違えると、細胞性食品の場合でも、同じ失敗が繰り返されかねないわけです。」
――非常にセンシティブな領域の話でもありすよね。食の安心や安全に対する人びとの懸念の問題もあるでしょうし。「細胞培養肉」と聞くと、まだ未知のテクノロジーの領域ですから、それは本当に、私たちの「食」の安全性を保証してくれるのだろうか?という懸念の声も聞かれるのではないでしょうか? こうした不安感に対しては、どのようにとらえ、どう対処していこうとお考えですか? そういう点からネガティヴな反応を受けたりすることはありませんでしたか?
羽生 「もちろんあります。ただ、そもそも、現時点では、細胞培養肉は、量産されたり、一般に浸透していく以前の段階に未だありますからね。今後の課題にはなっていくでしょう。そして、安全性というのは科学の領域の問題ですが、安心感というのは、感情的なレベルの問題なのですよね。
遺伝子組み換え食品のときは、社会実装のあり方が、まったく無視されて議論もなされないままに、物事が進んでいってしまったのですね。つまり、遺伝子組み換えという技術が、学術的に研究されていて、いろいろな可能性を秘めたテクノロジーだということが明らかになってきたときに、即座に、モンサントをはじめとする大企業が注目し始めて、その技術をどう利用すれば、自分たちの企業が収益を上げられるかだけを考えて、商品開発していってしまったのです。そして、社会的・政治的に、大きな懸念を巻き起こし、論争が炎上していきました。そうなってしまうと、遺伝子組み替え食品の技術が、非常に捻れたかたちで使われるようになってしまって、反発も生まれるし、いろいろな規制もでき、本来、行われるべきだった学術的な研究・開発もできなくなってしまったりしたという過去の事例が存在する。そういう歪んだかたちで技術が使われていかないように、長期的なしっかりとしたヴィジョンを持つことも、非常に需要なわけです。」
細胞培養ビジネスの最前線
――なるほど。よくわかりました。世界的に見ても、細胞培養肉というのは、まだまだこれから研究開発されていく、いわばプレ段階にある技術なのですね。そんななか、御社は、世界で初めて、無血清の細胞培養肉を安価でつくりだすことに成功なさったわけですね。世界には、ほかにも、細胞培養肉の研究開発にチャレンジしているライバルは存在するのですか?
羽生 「存在しますが、安価に提供できるというレベルにまで至っていないのが現状ですね。細胞培養肉の世界は、ほんとうに、まだまだこれからの領域なのです。
たまに、たとえば、シンガポールやアメリカのレストランで提供されたとか、アメリカで認可が下りたというようなニュースは伝わってくるのですけれど、いずれの場合も、たとえば、週1回だけとか月1回だけとか、事前予約制で、先着10名様まで限定でご提供します、というような、非常に限られたかたちで提供されているだけのようですね。たとえば、サンフランシスコのある有名レストランで、1700ドルのコース料理の中の一品として、ちょっとだけ振る舞われたとかね。本当に、ごくごく限られた量が、限られた使われ方でしか、まだ流通していない世界なのですよ。」
――需要に見合うだけの量産ができていないわけですね?
羽生 「そうです。現状、できていない最大の理由は、つくるのに非常にコストが高くつくことにあります。」
――ちなみに、世界規模では、どのような会社が御社のライバルと言えるのでしょうか? 具体的に教えていただけますか?
羽生 「真正面からのライバルというのは、正直、存在しませんね。部分的にやろうとしている事業内容が重なる企業は、ちらほらと存在します。従来の製薬会社でも培養血清の研究をしていたりしますね。培養肉をつくる技術をそれぞれのやり方で開発しようとしている企業もありますが、みなさん、いろいろとたいへんそうですね。たとえば、アメリカでは、『アップサイド・フーズ』や『ビリーバー・ミート』という企業があります。ただ、私たちとは異なり、彼らは、消費者向けの自社独自のブランド・ミートをつくろうとしていますね。だから、どのようにつくるかの技術については、決して公開しませんし、他社にその技術を用いたサービスを提供しようとしているわけではありません。ですので、私たちがやろうとしていることとは、領域が違うのですね。」
――そんななかで、2022年の秋には、世界に先駆けて、いち早く、「CulNet system」のサービスの提供を開始なさったわけですね。企業秘密として技術を秘匿するのではなく、ソリューション・サービスとして、その技術を他社に提供しようとなさっているのですね。
羽生 「そうですね。培養したい細胞を持ち込んでくだされば、私たちの会社で培養しますというサービスの提供を始めました。そこが、他のライバル企業として、先ほど挙げた他社とは違うところですね。ですので、たとえば、日本国内でも海外でも、食品会社さんが『うちも、地元の産地独自のブランド培養肉をつくりたい』と思われたら、そのための技術をご提供して、商品開発において協業させていただくことが可能です。大企業である必要もなく、中堅の食品会社さんでも、開発・販売が可能になります。」
――今後、そうしたニーズは、どんどん増えていくのではないでしょうか?
羽生 「そう期待しています(笑)。だんだんと『うちも、産地独自のブランド食品をつくってみたいな』と、日本全国、各地から、地元ブランドの細胞培養食品をつくりだしたいというニーズが高まっていってくれるよう願っていますね。それが現実化したら、各社それぞれに、独自の味わいや風味を打ち出していこうとするでしょうし、食のバリエーションが、爆発的に増えると思います。先ほどのアメリカの大企業の例で挙げた、自社独自のブランド食品の場合では、どうやっても、せいぜい、一社あたり、2桁、3桁の種類の商品開発ということになってしまうでしょうけれども、何十、何百、何千という会社が、独自のブランド食品を開発していったら、食品の数のバリエーションは、ゆうに1万種類を超えることもありえるわけです。」
――その地方特有のおいしさや味付けが活かされていくわけですね。なんと言うか、ある意味、たいへん民主的なバリエーションを、民主的なままに維持して活用しうるテクノロジーという印象です。
ところで、「細胞農業のオープンイノベーションプラットフォーム「CulNet®︎(カルネット) コンソーシアム」」も主催なさっていらっしゃいますね。御社のプレスリリースを拝見すると、昨年12月には、旭化成や住友理工をはじめとする「コンソーシアム参画企業全14社が参加し、各社が進める細胞農業に関する研究開発の進捗状況や細胞性食品業界の概況などを共有しました。共有された研究成果として、インテグリカルチャーが日本たばこ産業株式会社/テーブルマーク株式会社との共同研究により開発した従来基礎培地よりも原料数量・コストを低減させた食品基礎培地「I-MEM(アイメム)2.0」のほか、可食性足場、低コストバイオリアクター、高効率培養バッグ、抗生物質食品代替、栄養成分供給などが挙げられ、細胞性食品の実用化に向けた幅広い開発が進んでいることを確認しました」「細胞農業インフラは多様な知見の集大成であり、単一の企業だけでは到達できないものです。私たちは全く新しい産業エコシステムを創造し、その実現に向けて協力し、業界をリードしていきたいと考えています」とのことですが、コンソーシアムについて、そしてこの壮大なヴィジョンについても、詳しくお聞かせいただけますか?
羽生 「コンソーシアムについては、まさに、日々、研究開発が現在進行形で進んでいるので、具体的な成果については、今、引用してくださったプレスリリースで発表している以上のことはお話しできないのですが、一社だけでは、やれることに限りが出てしまうので、ほかの企業とも連携して、中長期的な視点から、細胞農業の可能性を広げていきたいと考えて行なっています。
結局、私たちの会社が提供するものとは、お客様が細胞性の製品をつくれるようになるための、一切合祭です。それは、食品だけでなく、皮革や化粧品や材木など、なんでもかまわない。実際、当社では、美容皮膚科のクリニック様向けのアンチエイジング専売化粧品の開発なども行なっています。『細胞農業インフラ』と喩えたりするのですが、いろいろなところで、いろいろな方が、細胞培養技術を使えるようにする。そういう状況をミッションとして掲げ、目指しているのです。
自社で肉をつくって、それを売り出すというようなやり方では、スケールも限られるし、大量生産による安定供給が可能になったとしても、ただそれだけでよいというわけではない。結局は、独占企業ができて終わりという、遺伝子組み換え食品の辿った道と同じことになり、一般に広く浸透し普及していかなくなってしまうと思うのです。」
「Shoujinmeat Project」のウェブサイトより。
――そうした民意の形成や社会的なフェアネスの問題について、当初から、それこそ「Shoujinmeat Project」の時代から、羽生代表は、非常に強く意識なさっていますね。お話を伺っていると、いわば、ある意味、一企業の営利活動の枠を超えた、社会課題の解決の問題なのだという意識を、強く感じます。
羽生 「そうですね。そこはけっこうこだわっているポイントですね。こういう取り組みをしてきた理由として、営利団体の活動だけでは限界があるという意識があったからでもあります。営利団体の活動の限界を破るためにはどうすべきかと考えた結果、ここに至ったとも言える。ですので、ミッションがまずあって、それを解決するための具体的手段として、『Shoujinmeat Project』やインテグリカルチャーを立ち上げ、学術研究と産業活動をつなぐNPO法人『日本細胞農業研究機構』も同時に立ち上げたというかたちですね。だからこそ、コンソーシアムのような協働活動が大切になってくると考えています。私たちのようなベンチャー企業一社では、できることにあまりにも限界がありますから。」
――なるほど、よくわかりました。ありがとうございました。
今日は、たいへん最先端にあるご活動のお話をたくさんお聞きできて、目から鱗で、とても勉強になりました。これからの展開を楽しみにしています。
⚫︎インテグリカルチャー株式会社ウェブサイト
https://www.integriculture.com
2024年2月6日収録。